見出し画像

#25 インドの列車と好青年 −ハイダラバードからコーチンへ

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

プリーから、雨を逃れるようにハイダラバードにやって来たのに、ここでも一日中激しい雨だった。いろいろ観光しようと計画を立てていたけれど、土砂降りと汚れた都会の風景に嫌気がさして、翌日にはさっさと荷物をまとめて、コーチンへ向かうことにした。

ハイダラバードからコーチンまでは、寝台列車で約25時間。インドの列車の予定時間はもう全く信用せず覚悟はしていたけれど、案の定、29時間かかった。でも今回この列車の中で、インド人のイメージを覆す紳士な青年に出会ったので、この長時間さえも全くもって苦にならなかった。

彼はわたしと同じ座席ラインだった。わたしが上段で彼が下段ベットだったのに「もしよければ…」と言って、さらりと替わってくれた。上段は上り下りが面倒だし、窓も無い。車窓の風景を楽しみにしていたので、この提案は願ったりだった。

寝台車では、昼間は下段のベットを座席状に解体し、上段の人と向かい合って座るのが通常だ。ところが、わたしが車窓を見たり本を読んだりしながらも頻繁にうつらうつらしていたのを知っていて、彼は、座席を解体する必要は無い、と言ってくれた。そして、ベット状態のままの下段シートのはしっこに、遠慮がちに座っていた。わたしがうつらうつらし始めると、すぐに窮屈な上段へと引き上げて行く。

一番驚いたのは食事の時。丸一日以上の旅程となると何度か食事をすることになるけれど、その度に、彼はリュックサックから新聞紙を取り出して、ランチョンマット代わりに敷き、こぼさないように気をつけながら食べていた。食べ終わるとその新聞紙でささっとゴミをまとめて、すぐに捨てに行く。(日本人の感覚からすると普通かもしれないけれど、これまでの移動で、食べ物やゴミの散乱した車内を見て来た身としては、大きな驚きだった)
その一連の行動にわたしは見惚れてしまったので、さぞかし彼は食べづらかったに違いない。たまたま彼が下段に座っている時、めずらしく車内販売で買ったビリヤニ弁当を食べようとしたわたしにも、新聞紙をさっと出して渡してくれた。彼の前で、何も敷かずに食べようとしていた自分が恥ずかしくなった。
ほとんど会話を交わすことは無かったけれど、わたしのコーチンの次の目的地がアレッピーだと言うと、My Hometownだと言って、うれしそうに笑っていた。

コーチンが近づくにつれて、車窓には、ヤシの木と田園風景の織り交ざった新鮮な緑の景色が広がってきた。わたしはそれを食い入るように眺め、時々窓越しに写真を撮っていた。すると一度だけ、「もう少しすると大きな河が見えてくる。それを写真に撮るといいよ」と教えてくれた。

結局、彼は最後まで名乗ることもなく、わたしが降りる駅の一つ前の駅で降りて行った。最後に握手をして、「Nice to meet you!」と言って去っていったのが、また素敵だと思った。

コーチンへ向かう列車から見えた南国特有の田園風景に、見惚れた
コーチンへ向かう列車から見えた南国特有の田園風景に、見惚れた
コーチンへ向かう列車から見えた南国特有の田園風景に、見惚れた
コーチンへ向かう列車から見えた南国特有の田園風景に、見惚れた
合席だった青年が教えてくれた河の風景
長く停車していた駅にて。物売りが一斉に乗り込んできて、ビリヤニやチャイ、果物を盛大に売り上げていく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?