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#43 エチオピアで起こったある小さな事件に関する長い話₋2

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

ジンカのホテルにチェックインすると、早朝からの移動続きで疲れていたせいか、すぐにうたた寝してしまった。30分ほどでハッと目覚めて、今日の夕食の時間や場所と、明日の予定や集合時間について、ドライバーのデリックと打ち合わせしていないことを思い出し、部屋を出た。

デリックの姿は見えず、受付で確認すると、ガイドのバンビーノと一緒に出て行ったとのこと。仕方なくホテルの周りの散歩に出たけれど、ホテルの周囲をウロウロしていたうるさい押し売りガイドにつきまとわれるのが嫌になって、すぐに部屋へ戻るハメになってしまった。

ここのホテルの部屋は全て一階建ての長屋のような造りになっていて、各個室の扉が中庭に向いていた。中庭には、マンゴーがたわわに実った木が、何本も立っていた。
この日も夕方からずっと停電。暗い部屋に閉じこもっているのが嫌で再び外に出て行くと、突然「ボトッ」という音がして、わたしの後ろに何かが落ちて来た。
赤黄色く、よく熟れたマンゴーだった。

しばし呆然とした後、「あと2秒部屋を出るのが遅かったら、わたしの頭に直撃してたなぁこのマンゴー」などと思いながら、そのマンゴーを拾い上げた。ちょうどそこへ中庭の掃除を終えたホテルの従業員らしい青年が通りかかったので、「今、このマンゴーが落ちて来たんだけど…」と言って、手渡した。
「マンゴー食べたい?」「これはもう熟れ過ぎだけど、食べごろのが沢山あるよ」そう言って、青年は笑顔でマンゴーを受け取った。

その後「Where are you from?」から始まり、長い長い立ち話。おそらく1時間以上、その場で話していたに違いない。彼はビニという名の医学部に通う大学生。今は休みを利用してこのホテルでアルバイトをしていると言う。相変わらずイヤになるくらい拙いわたしの英語だったけれど、なぜかその青年とは話しやすくて、簡単な自己紹介から始まったのに、いつの間にか、わたしの旅の話しや人生に対する考え方まで述べ合っていた。

「I think I will be your good friend」と彼は言った。
夕暮れのマンゴーの木の下で、不思議な時間だった。

* * *
ドライバーのデリックが戻って来た。わたしを見つけると笑顔で走り寄って来て、突然、腕をからみ取られた。驚くわたしをよそに、エラくはしゃいだ様子で、「この青年は誰?」「何を話していたの?」「この近くにダンスできる所があるから一緒に行こう!」とまくし立てた。明らかに、酔っ払っていた。これはわたしの嫌な記憶を刺激した。

いったんは一緒にホテルの門を出たものの、外は既に暗くなっていたし、デリックに連れて行こうとされた先は真っ暗だったので、わたしは「行きたくない、ホテルに帰る!」と言ってきびすを返し、彼をおいて足早にホテルへと向かった。
「Ok! Sorry! Sorry!」と謝りながらわたしを追って来たデリックは、ホテルに戻ると「それじゃあ夕食を食べよう!」と言って、中庭にあるレストランのテーブルにわたしを座らせると、次々と注文していった。出てきた料理はこれまでになく豪勢で、終いにはワインまで2本も出てきた。わたしの食欲はすっかり失せていて、彼と一緒に食事をする気には到底なれなかった。

そこへ、ドライバーに連れられて出て行ったわたしがすぐに舞い戻って来て様子がおかしいことに気づいたビニが来てくれたので、わたしは泣きそうになりながらも、なんとかその場に居続けた。
どこからか戻ってきたガイドのバンビーノも、なんだか様子がおかしく、食事には手をつけようともせず、まるでデリックとけんかでもして、ふてくされているかのようだった。

訳がわからない。 何でこんなことになっているの? もう逃げ出したい。
そんなことを思っていると、先にしつこく声をかけてきた押し売りガイドがいつの間にかテーブルに加わって、酔っ払ったデリックが陽気に誘うままに、食い飲み散らかし始めた。わたしは「疲れたので部屋に戻って寝る」と言い、翌朝の集合時間だけを確認して席を立った。

最悪の気分だった。どっぷりと疲れていたにもかかわらず、全く眠ることはできなかった。けれども相変わらず停電は続いていて、部屋の中は真っ暗。しかたなく、外の気配から彼らが既に居なくなったことを確認すると、わたしは中庭に出て、気持ちを落ち着かせようとした(停電中も中庭だけは自家発電のライトがついていた)。

誰もいない静かな中庭のテーブルで日記を書いていると、突然、目の前にデリックが現れた。「なぜ僕の上司に電話した?」「何を言ったんだ?」彼のまくし立てる言葉の意味が全くわからず、わたしは「電話なんてしてない!」「何も言ってない!」と叫んでいた。腕をつかまれて恐ろしくなり、彼から逃げて部屋に戻ろうとするわたし。それを追ってくるデリック。わたしは部屋に入ることもできず、泣き叫びながら走って逃げていると、それに気づいたホテルの人たちが出てきてくれた。その中にビニもいた。

数人でデリックを抑えてわたしから引き離すと、ビニがわたしを部屋まで連れて行ってくれて、「もう大丈夫だから、眠ったほうがいい」「彼が来ないように、僕が部屋の前で見張っているから」と言ってくれた。泣きながらお礼を言って部屋に入ると、どっと疲労感に襲われて、わたしは眠りに落ちた。

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