私と二子玉川
私は東京居住歴のべ15年にもなる。だから自分でも、さも都会通ですよー、みたいな顔をして歩いてるっていう自覚がある。でも、もとが田舎ものなので、渋谷とか銀座にいると背すじはピンと伸びるけれど、それも2~3時間経つともうつらい。家に帰ってあぐらかいてドラクエしていたい。
そんなセルフィッシュな私にちょうどいいレベルの都会は都内にいくつかあるのだけれど、その1つに東急線の二子玉川駅エリアがある。
まず何がいいって、ギリ都内のくせして”私、ワンランク上のエリアなの”っていう顔しているところが二子玉川のいいところ。川を渡れば神奈川県川崎市、その川は2年前の台風で高級マンション街をびしょぬれにした暴れん坊。だからもとは地政学的にけっこうイカつい場所のはずなのに、そんな歴史と環境を、楽天本社のスマートなビルと、私の大好きなACTUS、ZARA HOMEというおしゃれインテリアショップ群の裏にちゃっかり隠しているところがいい。
なかなか気に入っている街なんだけど、住んでるところからめちゃくちゃ近いというわけでもないので、1年ほど足が遠のいていた二子玉川。しかし、しかしだよ。
遠方に住む知人から、「二子玉川の蔦屋家電にはすごくヤバいモノが売っているらしい」という情報を耳にしてしまって、それを見たくなった私は、1年ぶりに二子玉川に行ってきたというわけなのです。
神様、許されるならば、蔦屋家電がどんな場所かについて、私にすごく無作法に、思ったままに説明させてほしい。いや勝手にするけど。
4年ほど前、はじめて二子玉川の蔦屋家電を訪れた私の印象はこうだった。そこは日本じゅうのあらゆる意識の高さ、ハイテクやデザインに対する感度の高さ、不要不急なポイントにお金とエネルギーを無限に注ぎこめるブルジョワたちの我欲の合流点。私の個人的なひねくれた印象だけど、こういう場所のエネルギーにアテられる人にとっては苦手な場所かもしれない、と今も思う。
(こういう↑トースターとか売ってる感じね♡)
だから知人が言う「すごくヤバいもの」なんかも、蔦屋家電さんなら本当に販売しているかもしれない、と、興奮の中で思わせてくれるのが蔦屋家電さんなのだ。
蔦屋家電なら、ホントにあるかもしれない。先鋭技術とアートの山の中に、要るんだか要らないんだかわからない「朝起きて10分でゆで卵を作れる」エッグクッカーとか、どういう理屈なのかよくわからない「電気刺激を与えて髪をツヤツヤにしてくれる」ブラシとか、そういう世界レベルの不要不急の中に、彼の言った、「すごくヤバいもの」が、もしかしたら……!
けどヤバいものはやっぱりヤバいものなので、たっぷり2時間かけて2階建て2000坪超のフロアを全部回ったけど、見つからなかった。見落としてるだけかもしれないから、いちおう店員さんに聞いてみた。ヤバいものだから店員さんに尋ねるのも憚られるけれど、私は大して憚らずにその名を口にしたので、「えっ何言ってんのこの人ヤバい」という表情を瞬時に読み取り返事を待たずに私は辞去する。蔦屋家電になら置いてあるという噂は嘘だったのだろうか。でも嘘でもいい。というか嘘で良かった。私は嘘だってことを確かめるために、ここまで来た気がする。
1年前に来た時も、ここは世界中のハイセンスを全フロアに並べた一大ショールームだったけど、病禍のここ1年で二子玉蔦屋家電はもっと先の時空に到達して大変身していた。つまり置いてある家電類の、最先端さ、言い換えればワケのわからなさ、が、1年前よりもがぜん突き抜けていた。速そうだけどすごくでかい電動自転車、首が縦横無尽にまわるけどこちらもすごくでかい扇風機、キャンプファイヤーのゆらめく炎を壁に映し出してくれるランプ……。中にはクラウドファンディングで資金提供を求めているプロトタイプの展示もあって、なんだか家電店というよりは、小学生の時によく行った青少年科学館みたいだ。だから、お目当てのすごくヤバいものが見つからなかった私も、2時間もたっぷりと楽しめたんだと思う。いいね。こういう私の、お金のかからないところすごくいいね。
あと今回はできなかったけど次回試したいのが、有料ラウンジ。去年来たときはまだなかったから、リモートワークブームに乗って華々しくデビューしたんだね。広い。すごく。
そしてモダンイタリアンだか何かわかんないけど、やわらかそうな革のソファときれいな木目のPCテーブル、さり気なさすぎてちょっとイヤミな観葉植物。うんたしかにここならずっと居られそう。プライスリストを見ると、1日ずっといても3,520円。フリードリンク、ナッツやパンとかのおやつ、ノイキャンイヤフォンその他のおしゃれ最新家電使用、店内の本読み放題、当然Wi-Fi、それになんと言ってもぷち貴族気分つき。私ならディズニーランドのワンデーパスポートより蔦屋家電がいいな。うんそうしよう。今度また来てみよう。
(画像はイメージでーす 撮影は禁じ手とされていまーす)
探していたヤバいものが見つからなかった私が蔦屋家電で買って帰ってきたのは、お洒落扇風機でも、最先端のワイヤレスイヤホンでもなく、東京五輪の公式アートがプリントされた絵ハガキ1枚だけ。パラリンピックのポスターの中には、荒木飛呂彦先生が描いた、先生スタンド出すのは反則ですよね的な作品もあるけど、荒木先生はやっぱり売り切れだった。
でも、私の買った、画家の山口晃さんの「馬からやヲ射る」もすごくいいんだよ。足で弓をかまえて歯で弦を引きしぼる射手の絵。私の写真だとよく見えないけど、背景に、画家の強烈なメッセージがあってゾッとする。これを描くとき、画家はどんな表情をしたのだろう、と想像するとまたゾッとする。東京のわりとヤバいものが一通り描きこまれたこの絵ハガキは、例の知人に送ってあげようと思った。