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聞きたいことは、それではなかった

誕生日にいつもメッセージを送ってくれる元職場の上司。
今年は、お祝いメッセージの後に、驚く報告が付け足されていた。

「癌が見つかった。」

文面から、過去形のようにも読み取れる。
それでもしばらく放心してしまった。
たしかお子さんがふたり、まだ学生さんだったような。
奥様のお気持ちはいかばかりか。
バリバリされていた仕事は、まさか退職!?

元同僚にすかさず連絡。
すると、現在は完治しているようだと教えてくれた。
以前のように出張もこなし、大好きなお酒も再開。
趣味のサーフィンにも行っているという。

しかし、もしも変わり果てた風貌だったら。
私の拙い語彙ではフォローしきれない、壮絶な体験談だったら。
想像したら怖くなり
「久しぶりに近々会おう!」という誘いには、昔のように
条件反射で「はい!」とは返事ができないのであった。

しばらく考えていたが、ふと元同僚の言葉を思い出す。
「おそらく、その病の発見から復活までの武勇伝を聞いて欲しいはず
だよ。」
うん、昔お世話になった恩人だ。
気を取り直して、ランチをご一緒することにした。

平日ランチの1時間、準備しかけた言葉たちの出番はなかった。
発見が早かった為、入院や抗がん剤投与も最小限で済み
髪は抜けたが、転移もなく、脅威の復活ぶりに周りからも驚かれたという。

生きて会えてよかった。

帰路、そんなことをしみじみと思いながら、一方で違う結末を期待していた
自分がいたことに気がついた。

終盤、「何が一番大きく変わりましたか?」
と私は聞いたのだった。

「時間を持て余して今後の人生について色々考えたよ。
実家の方に帰って田舎でゆっくりしたい気持ちも少しはあるけど、家のローンもあるし、
今までと生活は大きくは変えられないよね。」

聞きたいことは、それではなかった。

今、私は、終わりのないゲームに参加しているような気がしている。
母、妻、会社員ー。様々な役割を次から次へこなす日々。
いつ終わるのか。
おおよその予測ができる、子離れの時か、もしかして定年まで?
その時を待つしかないのか。

その前に終わらせるきっかけがあるとしたら、ひとつは、自身や身近な家族に大きな変化があった時だと思っていた。

今回元上司と会ったのも、人生を大きく変えるストーリーが聞けるのではないかと期待していたからに他ならない。

どこまでも他力本願だな。
気がついて可笑しくなる。
他人の経験談から、自分の人生を変えようなんて
がめついとしかいいようがない。
しかも完全に受け身。
そんな自分の一面に、心底がっかりしながらも
今、私は猛烈に「体験を求めている」のだと悟った。

—「とにかく人に会いたいよね。こうやって、直接会って、話して、こういう時間を大切にしたいよね。」

大病は御免だけど、ゲームを強制終了させるためにはやっぱり自力でなんとかするしかない。
妙にわくわく、力がみなぎってきて、これまた可笑しい。





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