母との記憶/短文バトル444
「ねぇ、ここなら家から遠いよ。知らない人しかいないよ、手をつないでもいいだろ」
三人兄弟の末っ子長男彼は、幼少期から「男として」を意識して生きていた。
3、4歳頃でも母と手を繋いで歩くことはなかったという。
姉と一緒ではなく末っ子の彼だけが自宅から少し離れた、観光でも有名な神社に母と二人でお参りした。その時、母親に頼まれたのが冒頭のコトバだ。
「こんなに人が多いんだよ。知ってる人がいて見ているかもしれないからヤダ!」
断ったものの、子どもながらに普段母が自分にお願いすることがないのに気づき、
「ちょっとだけなら」と、手をつないで一緒に参道を歩いたという。
この話を聞いてから、十数年が経った。
彼の母は3年前に他界したそうだ。今ならば、めったに手をつながない彼の気持ちも母親の気持ちもよくわかる。