妊活記録―手術の成功と付けられた傷跡
12/26(月):夫婦の妊活日記⑪
掌蹠膿疱症の症状はひどくなる一方だったこの頃。職場の上司に病気のことを伝え、「少し症状が治まるまで、足に負担のかかる食器を洗うポジション等は避けさせてもらえないだろうか」とお願いすると上司は了承してくれました。しかしその日以降のポジションは、3日に2日は洗い場…というシフトになっていきました。
最初のお願いでも申し訳なく思っていた私にとっては再度のお願いはできず夫に愚痴を言いながらも続けていましたが、流石に耐えられなくなり改善するまでお休みをすることになりました。
そのときの上司の言葉は「そんな病気やったらお客さんの目に触れる時間減らしたいやん?病気なんて気持ちのものやと思う。まさか辞めたり休まれるとは…」とのこと。今後は改善するから…と交渉されましたが、この上司の言葉で迷いなく休職することができました。
責任感とか忘れて自分の身体を大切にしようと思えた瞬間でした。その後、私が次の治療に進めたのは、この感心できない上司のお陰かも知れません。そんな意味では、少し感謝かな?
そして、主治医の「扁桃腺を切除したら改善する人もいる」という言葉に賭けてみることにしました。
続けてきた漢方治療に改善の傾向が見られなかったこと、それなのに毎日の薬の副作用がひどいこと、そして何より治らない薬に高額の治療費がかかってしまうことが決断の理由でした。
また風邪をひく度に「扁桃腺炎」を起こしてしまう体質も変えられたら…という思いもありました。
手術は全身麻酔、入院は約一週間。
怖さよりも治ることへの期待の方が大きい入院・手術でした。
めちゃくちゃ痛かったものの手術は無事に終わり、執刀医の医師からも「扁桃腺の状態的に、症状は改善するだろう」との言葉。
実際、術後の入院期間中、膿疱の症状にみるみるうちに引いていきました。
そんな嬉しい入院後半、近しい人が見舞いに来てくれた時のことが記憶からいなくなってくれません。
「あんたはやっぱり身体が弱いんや。あんたが死んでくれたら○○(夫)は次の健康な嫁と、子ども持てるのに…」
そう言ってお腹を叩かれたのです。
この人の言葉は「私は面と向かって死を求められるような存在なんだ」そんな風に思わされる呪いの言葉でした。
病気自体が「原因不明」だからこそ、否定できない悔しさ。
私自身も感じていた「相手が私じゃなかったら、この人は父親になれたのではないか」という思いを言われてしまった悲しみ。
特にすることもない残りの入院生活。誰かと話して気を紛らわせることもほとんどできず、悪意まみれの言葉から逃げられない感覚…ほんとうに辛かった。
「手術に失敗してくれたら、あんな言葉聞かなくて済んだのに…」なんて考えたりもしていました。
きっと私はこれから先、この人がどんな優しい言葉をかけてくれることがあっても、この日の言葉は一生忘れることはできないんだと思う。
この人の言う通りに消えてあげられたら…そう思っていた日々と自分自身を忘れることはできないんだと思う。
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