【WALK】#5
最悪な6時間目を乗り切り、やっと学校が終わった。
僕はどうにも腰が上がらず、机に顔を伏せて、皆が教室から出るのを待つことにした。
しかし、一向にはける気配がない。
僕は普段から、ホームルームが終わると同時に教室を出るので、皆がこんなにも長く残っているなんて知らなかった。
仕方なく、諦めて早く教室を出ようと思い、顔を上げると、目の前にトシオが立っていた。
「な、なに・・・。」
トシオは、ブスッとした顔で僕をにらみつける。
「お前、あんま調子乗んなよ。」
え?僕は何でキレられているのだろうか。
トシオはそう言い残して教室から出て行ってしまった。
確かに先生達には迷惑をかけてしまったかもしれない。もしかしたら、真面目に授業を受けたかったクラスメイトには、僕のせいで少しでも勉強の時間が減ってしまい、嫌な思いをさせたかもしれない。
彼らに何かを言われたら謝るのだが、君には何も迷惑はかけていないだろう?むしろ、普段は君のせいで授業が中断したりと、迷惑をかけられているのだが・・・。
また考えることが増えた。
高2になってから、ろくなことがない。頭がいっぱいっぱいだ。
今まで避けてきたことが、少しずつ、僕にぶつかってきている気がする。
まるで、気を付けていれば滅多に当たらないのに、たまにぶつかってくるハエみたいな感じ。
普段ぶつからないものが、ぶつかるんだ。すごく嫌な気分になる。
このままだと、僕は壊れてしまうかもしれない。
ここ最近はずっとモヤモヤがすんなりと消えてくれない。
ため息しか出ないが、一つずつ解決していこう。
僕の調子が崩されたのは、ユキと出会ってからだ。
昨日のことも謝らなくてはならない。
前から決めていたことだ。
僕は重い腰を上げ、倉庫に向かった。
この演劇部の部屋に入るのは、相変わらず気が引ける。
いつもあの女の子の肖像画が僕のことを見ているような気がする。
よくこんな怖いところで芝居なんてやってられるな。
「すみませーん!」
僕なりの大きな声を出したが、反応はない。
いないのかな?と思いつつ、彼女の脚本の執筆部屋に行ってみた。
「やっぱりいないのか・・・。」
諦めて帰ろうとした時、彼女の脚本が目に留まった。
相当書くのに時間がかかったであろう脚本の数々。
<風の手紙><紫のクロッカス><スズラン><緑の山奥で><星が見えない><枯れた土><切られた木>・・・。
どれも自然や環境破壊にまつわりそうな題名ばかりだ。
その中で、一つだけ違う一冊があった。
<天才>
なんだよこのふざけた題名は。と思いながらも、この脚本の見えないパワーに引き込まれてしまった僕は、無意識に手に取っていた。
非常に高いIQで、天才と呼ばれる少年の話。彼の素晴らしい活躍と、環境破壊をする軍隊に対し、地球を守ろうと、懸命に戦う姿が描かれている。
しかし、彼は戦いに敗れてしまい、どん底の人生に転落してしまう。
この脚本はまだ途中の様だ。彼が転落してからの人生が描かれていない。
「どう?私の脚本!」
びっくりして振り返ると、ユキがいつもの様にニコニコしながら僕を見ていた。
ユキは、僕の読んでいる脚本を嬉しそうに覗き込む。
「絶対ユウヤならこれを読んでくれると思ったの。」
「え?」
「何か通じるものがあるでしょ?天才君」
ユキは指を僕の胸にツンツンとする。
「何を言ってるんだよ。僕は天才なんかじゃない。」
恥ずかしくて思わず少し強い言い方になってしまった。
顔が赤くなっていくことがわかる。
「赤くなってる。かわいい~。」
この子は本当に一体何なんだ?どうしてここまで僕に構うんだ?と思いながら、背を向ける。
「これ、まだ途中なの。一緒に考えてほしいんだ。この、天才少年の逆襲の物語。私は、ここからラブストーリー的な要素も入れていきたいなーって思うんだよね。・・・どう思う?」
僕のことを上目遣いで見てくる。
君はどんだけ男性に慣れているんだ。僕は全然女性に慣れていないのに。
・・・ここでひるんでは駄目だ。ちゃんと謝ろう。
「・・・ごめんなさい!」
思いっきり頭を下げた。
頭を上げると、ユキは口をポカーンと開けていた。
「僕は、演劇とか、演じることができないんだ。それには色々理由があるんだけど、話すことは出来ない。本当にごめん。それに、やる気がないのにここに来て、変な期待を持たせてしまってごめんなさい!」
非常に早口になってしまったが、もう一度深々と頭を下げた。
それじゃ、とユキに背を向け、歩き出した。
まだ心臓がバクバクしているが、昨日とは違って今日はちゃんと謝り、断ることができた。
これで、僕のモヤモヤも・・・。
「まだ逃げ続けるの?」
ユキの大きな声に、思わず立ち止まってしまった。
「いい加減逃げすぎだよユウヤ。」
「・・・。」
彼女に僕の何がわかるっていうんだと、少しイライラしてきた。
「この脚本、ユウヤのこと考えながら書いたんだよ。」
「え?」
振り返ると、ユキは泣いていた。
どうして泣いているの?それに僕のことを考えて書いた?
どうしてこうも僕を考えさせるのだろう。
「ずっと、待っていたのに・・・。」
「・・・ごめん、どうゆうこと?」
「・・・朝日奈ユウヤ。早く帰っておいでよ。」
非常に頭がこんがらがった。
どうしてユキがその名前を?
大きなブーイングの音が聞こえてくる。
耳を塞いだが、その音は消えない。
身体が倒れていくのがわかる。
ぼやけた視界の先に、ユキが走ってくるのが見えた。
<続く>
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