【WALK】#6
僕はこう見えて、天才と呼ばれる時代があった。今ではその欠片もないが。
あの頃は、人が大好きだったなぁ。
母さんも、あの頃はいつも笑っていたなぁ。
僕はアースという劇団に所属していた。もう、小学校2年生の頃だ。
岡さんが演出をやっていて、子供は僕と2歳年上のハルキ君の二人だけだった。
ちなみに、岡さんは今でもこの劇団アースの演出家として日々葛藤している。
この劇団では、演出家の岡さんの影響で、地球環境を題材にした演劇を多く扱ってきた。
そのため、各地の小学校に呼ばれたり、市民会館等、多くの場所に呼んで頂いた。
僕が地球環境や、自然に興味が出たのも、アースの影響だ。
という具合に、まあ、自分たちで言うのもあれだが、結構人気のある劇団だった。
この頃は、毎日舞台に立つことが、日々楽しくて仕方がなかった。
だけど、あの頃を境に目まぐるしく僕の環境は変わっていった。
12月の、とても寒い時期だった。
町は完全にクリスマスムードで、寒いけどなんだか暖かくて、心が躍りだすような、明るい季節。
僕らアースは、24日に市民会館で行われるクリスマス公演に向けて、毎日稽古に励んでいた。
普段は、岡さんが書いた脚本が中心であったが、今回のクリスマス公演は、2年前に公開された、「サンタクロースになった少年」を題材にすることになっていた。
まあ、というのも、岡さんには子供向けのファンタジーを書く才能は、さらさらなかったからである。
ちなみに、この「サンタクロースになった少年」は、最高の物語だ。
この物語は、クリスマスに両親と妹を失ったニコラスが、どの様にしてサンタクロースになっていくのかを描いている。
僕はこの最高の作品の主役の少年時代を務めた。
ちなみに、大人になってからは岡さんが演じることになっている。
映画館にまで行って観たお話だ。正直、子供ながらに泣いた。
そんな素晴らしい作品の主役を任されるなんて、とてもうれしくて、ワクワクしかしなかった。
人間というのは不思議なもので、ワクワクするものには緊張しないものである。
だからこそ、僕自身もこの作品に対しての思い入れが強く、今までにないくらい頑張っていた。
稽古場では、いつも怒鳴り声が響き渡った。
「そうじゃねえんだよ!お前、家族を失って悲しみに暮れている時に、いきなり知らない家に連れていかれるんだ!不安でいっぱいなんだぞ?その気持ちが全然伝わってこねーんだよ!」
という具合に、まあ、岡さんも相当な熱の入れようだったわけで・・・。
あまりの迫力に、何度泣いたことか。
それでも、やっぱり色々考えた。
母さんは、未婚シングルだったから、父親がいる気持ちはわからなかったし、兄弟もいないからそれもわからなかったけど、母さんがいなくなってしまったら、きっと僕も誰かの家に引き取られることになるだろう。
母さんがいないなんて、考えたことなかったな・・・。
母さんは、いつも僕を褒めてくれた。
いつも母さんも仕事が忙しくて疲れているっていうのに、僕が岡さんにこっぴどく怒られた時も、演劇のことでいっぱいいっぱいで、学校の宿題をやらな過ぎて先生に注意された時も、ユウヤはいつも頑張っているから。と、励ましてくれた。
そもそも、この世界に入ったのも、僕の通う小学校にアースがやってきた時、演劇の素晴らしさに僕が強く感銘を受けていたのを見て、母さんが岡さんに僕を入団させてくれと、頼み込んでくれたからであって・・・。
長くなってしまったが、とにかく母さんがいなければ、生まれてもいないし、今の僕は存在していない。
かけがえのない存在だ。
そんな母さんが死んだら、僕はきっと生きる気力を無くすだろう。もしかしたら後を追ってしまうかもしれない。
クリスマス公演は、母さんも見に来てくれる約束だ。
これは気合を入れなきゃな。
毎晩、母さんがいなくなる世界の想像をした。
想像すれば想像するほど、不安でいっぱいになる。
「・・・母さん。」
布団の中でなんだか泣きそうになってしまい、母さんの方を向くと、黙って抱きしめてくれた。
僕は、ひたすらニコラスになりきる日々が続いた。
稽古が休みの日には、学校が終わってから、図画工作の先生の元で、木の玩具の作り方を教わった。
これも、村中の家族の元で暮らすニコラスが、クリスマスイブの夜にお世話になった子供たちの家と、妹の元に、こっそりと手作りの木の玩具を届けるシーンを連想し、ニコラスになりきるためにやることにした。
この玩具たちは、クラスの皆にプレゼントする予定だ。
いつも仲良くしてくれている皆に玩具を作る作業は、ひたすら夢中にできた。
喜んでくれたらいいなぁと、心を込めて作った。
このようなクリスマス公演に向けた、プライベートも全てが稽古の毎日を続けた。
その頑張りの成果は、2学期の最終日にまず訪れた。
「はい、なんと、今日は浅井君が皆さんに、クリスマスプレゼントを持ってきてくれました。」
「えー!!」
「じゃあ、浅井君、皆に配ってあげて。」
「・・・はい。」
僕はすごく恥ずかしがりながら、クラスの皆一人一人にプレゼントを渡していった。
本当に、良く出来過ぎたくらい、皆が喜んでくれた。
「えー、その車良いなぁ!」
「でもそのコマも欲しい!」
凄く騒がしくなったが、先生が手をたたくと、ピタリと収まった。
「はい!皆、浅井君に言うことは?」
「せーの、浅井君、ありがとう!」
クラスの皆が一斉に言ってくれた。
もう、僕は何とも嬉しくなって、顔を真っ赤にしながら、静かに「どういたしまして。」と、伝えた。
サンタクロースは、お礼を言われるのが恥ずかしいから、皆が寝ているうちにプレゼントを置いていくんだ。と、納得した。
皆は、帰り際も、「ありがとう。」と、言ってくれた。
そして、中には演劇も見に来てくれるという友達もたくさんいた。
僕はもう、最高の気分で、まるで雲の上に乗って走り回っているような感覚だった。
そして、冬休みに入る。
ここから稽古は次第に詰めの部分に入っていき、毎日長い時間をアースにつぎ込んでいった。
もちろん、宿題をやる暇なんて一切ない。
でも、一生懸命頑張った成果か、岡さんに褒められるようになった。
「すごい!すごくよくなった!」
僕はこれに自信づいて、本番が来るのが待ち遠しかった。
そして、遂にクリスマスイブがやってくる。
僕の人生は、ここから目まぐるしく変わることになる。
この時は、まだ何もわからなかった。
<続く>
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