【WALK】#7
遂にクリスマス公演の当日がやってきた。
めちゃくちゃ緊張しているのを、母さんはあなたは大丈夫と、抱きしめてくれた。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!母さんも、あとから応援に行くからね。」
「うん!」
母さんの笑顔に見送られながら、外へ出てみると、物凄い青空が広がっていた。
まるで、地球も僕の背中を押してくれている様な気がした。
少し早めに会場に着くと、観客席の最前列に岡さんが一人でとても険しい顔で台本とにらみ合いっこをしていた。
あんな顔していたら、大人のニコラス役よりも、初期のイーサッキをやった方がいいんじゃないかと思う。
ちなみにイーサッキ役は、アースで一番優しい初老の小川さんが任されている。
なんとなく、ここに岡さんの性格が表れているなぁと、思ったりしている。
「おはようございます!」
「お、おう、早いな。・・・今日、宣しくな。」
「はい。まだ、ハルキ君は来ていないですか?」
「うん、まだ俺だけだ。」
「・・・そうですか。」
なんだ、来ていないのか。
ハルキ君は、僕の演じるニコラスの親友、エーメリ役だ。
本番前に台本の読み合わせをしたかったのに。
一人で台本を読んでいるうちに、続々とアースのメンバーが集まってきた。
「よし、みんな揃ったか?リハ始めるぞ!」
「・・・あれ?ハルキ君は?」
ハルキ君がまだ来ていない。
その時、岡さんの携帯に電話がかかってきた。
「・・・はい、岡です。」
一気に岡さんの眉間にグッとしわが寄った。
ハルキ君が来れないらしい。
ハルキ君は、僕の2歳年上だったが、アースに入団したのは最近で、今回の公演が初めての舞台だった。
本番まではまだ時間はある。こんな小さな劇団に変わりはいない。来てくれるのと、ハルキ君のお母さんを信じるしかない。
「とりあえず、リハをやる時間が無くなるから、ハルキ無しでリハ進めるぞ。」
それぞれが配置につき、リハーサルが始まった。
僕の出番では、ハルキ君がいないとできないシーンもあったため、うまく演じることができずに、岡さんに怒られる場面もあった。
なんだか不安が拭えないまま、僕の出番が終わり、今度は大人になったニコラスのシーンのリハーサルが始まった。
ハルキ君はまだ来ていない。
時間がない。僕も初舞台の時は緊張で逃げ出したくなった。
更に、あんなに毎日岡さんに怒られたら嫌にもなるよな。と、思う。
気づけばすでに走り出していた。
ハルキ君の家には以前遊びに行ったことがある。
学校の目の前にある横断歩道を渡ると、黄色い戸建ての家がある。
ここが、ハルキ君の家だ。
インターホンを押そうとした瞬間、玄関が開いた。
号泣しているハルキ君を、お母さんが無理やり引っ張り出している。
あまりの衝撃的な光景に、言葉を失ってしまった。
「嫌だー、嫌だよー!」
「行きなさい!皆に迷惑をかけているのよ!」
ハルキ君のお母さんと目が合った。
神妙な顔で見つめる僕を見て、少し恥ずかしそうにハルキ君を引っ張っていた腕を離した。
「ユウヤ君・・・。ほらあんた、ユウヤ君がわざわざ迎えに来てくれたわよ。」
「・・・え?」
泣きべそをかきながら僕を見るハルキ君は、何とも情けなかったが、精いっぱいの笑顔で手を振った。
すると、ハルキ君も軽く手を振り返してくれた。
「一緒に行こう。来ないと、岡さんが怒り狂って家まで来るかもよ。」
すると、ハルキ君の顔が急に強張った。
少し小走りに会場に向かった。
ぎりぎり間に合いそうだ。
「怖いなぁ、大丈夫かなぁ。」
「大丈夫だよ。ハルキ君、いつもセリフ完璧だもん。僕が初めての時よりも、すごく上手。」
「初めての時、怖くなかった?」
「怖かったけど、お客さんも喜んでくれて、皆からも褒められて、すごくよかったよ。」
「・・・そうなんだ。」
「だから絶対にハルキ君も大丈夫だよ。」
「・・・ありがとう。なんだかユウヤ君の方がお兄ちゃんみたいだ。」
僕は照れくさそうに笑うと、ハルキ君も、何やっているんだ僕は。という風に苦笑いをした。
会場に到着すると、もうリハーサルは終わっていて、お客さんも入り始めていた。
舞台裏に行くと、岡さんがそわそわと歩いている。
ハルキ君と目を合わせると、うんと頷いて、岡さんの元へ駆け寄った。
すると岡さんは丸めた台本でハルキ君の頭を叩いた。
「バカ野郎!お前がいなきゃ成立しねーだろ!」
頭を下げるハルキ君の顔はほんの少しだけ嬉しそうに笑っていた。
もう間もなく本番が始まる。
「ハルキ君、リハちゃんとできてないけど大丈夫?」
「うん、ごめんね、ユウヤ君にも迷惑かけて」
首を横に振ると、ハルキ君がこぶしを突き出してきた。
僕はそれに答えて、こぶしをぶつける。
あたりが暗くなった。
さあ、開演だ。
幕が開けた瞬間から僕の出番が始まる。
観客席が見えると、学校の友達や母さんが見えた。
一気に緊張がほぐれ、僕はニコラスになった。
クリスマスの日、まだ幼い妹の風邪がこじれてしまったので、両親が病院に連れていくと、僕に伝えるシーンだ。
僕は家で留守を任される。そして、両親と話すことができる最後の時間だ。
この日を最後に、ニコラスは一人になってしまう。
家族が死んだと知らされた時、僕は信じられない。
信じていないから、涙も出ない。
ただ、状況を把握できずに、言葉を失うだけだ。
そして、僕は1家族1年ずつ村の家族に引き取られるわけだが、生活をしていくうちに、家族がもう帰ってこないことに気が付く。
そして、時には一人で泣くこともある。不安の感情だ。まるで、先ほどのハルキ君と同じだ。
でも、そこに、ハルキ君演じるエーメリが励ましてくれる。
彼とは次第に仲良くなり、親友になった。
そして、1年後のクリスマス。僕は家を移らなくてはならない。
僕は仲良くしてくれたエーメリと、兄弟に手作りの玩具をプレゼントする。
でも、直接渡すのは恥ずかしいから、夜中に家の前に置いておくんだ。
いつもありがとう。
これを、毎年、村中の子供たちに向けて続けた。
そして、僕も大きくなり、6年後のクリスマス。
漁が不作で、村では僕を引き取れなくなった。
そして、僕は意地悪なイーサッキの元で暮らすことになる。
厳しい環境だったが、毎日頑張った。
そして、イーサッキからも信頼を得て、本当の親のような存在に代わっていく・・・。
ここまでで、僕の出番の終わりだ。
全力を出し切った。
きっと、今日のサンタさんは物凄く素晴らしいものをくれるぞ。と、確信した。
僕らアースのクリスマス公演会は、大盛況に終わった。
<続く>
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