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【WALK】#8

大盛況の夜、僕らは地元の居酒屋さんにいた。

イブの夜に岡さんが無理言って、貸し切りにしてもらった。

まあ、物凄いどんちゃん騒ぎだった。

真っ赤なお鼻の岡さんが、パンツ一丁で外に出ようとする始末だ。

「ちょ、死にますよ!本当に!」

「は、離せぇ!この燃えるように熱い心を覚ますんだー!」

僕とハルキ君からすると、普段は見れない大人の幼い一面が見れる、年に1度の貴重な経験だ。

「そろそろ、帰ろうか?」

母さんが酔っ払った大人に見かねたのか、僕に声をかけてきた。

「うん。」

「そしたら、私たちも帰ろうかな。」

ハルキ君親子も、帰り支度を始めた。

母さんは、僕の手握って立ち上がり、「それでは、そろそろ子どもたちは失礼しますね。」と、皆に声をかけた。

居酒屋の外に出ると、パンツ一丁の岡さんが、止める大人たちを振り払って僕の元に駆け寄ってきた。

「今日のお前は本当に最高だった。未来のアースの主役はお前だな。これからもよろしく頼むよ」

と、肩を思いっきり叩かれた。

「ハルキ!お前も初めてにしちゃ上出来だったぞ!ちゃんと朝来ていればな!」

ハルキ君は、恥ずかしそうに笑って頭を下げた。

今日はきっと皆朝まで飲み続けるのだろう。

ただ僕ら子供たちは早く眠らなくてはならない。

そう、今日は年に一度のサンタクロースがやってくる日だ。

もうワクワクして眠れるかわからない。

「ハルキ君は、サンタさんに何をお願いした?」

夜道を歩いていて、ハルキ君の顔はよく見えなかったが、ちらっとお母さんの顔を見てから、「僕はラジコンをお願いしたよ。ユウヤ君は?」

「僕はねぇ・・・。カメラ!」

「カメラ!?」

ハルキ君のお母さんが驚いた。

「玩具とかじゃないのね。ユウヤ君は本当にお兄ちゃんよね。」

「そんな、この子、モノ好きなんです。」

母さんには物好きと言われたくなかった。僕の夢なのに。

僕はカメラで、この広い世界を沢山撮影したいんだ。

僕が普通に過ごしているだけで、沢山の素晴らしい瞬間がある。それを、記憶の中だけでなく、形として残したかった。

将来の夢は、写真家だ。

そんな話をしながら、ハルキ君と別れ、家に着いた。

「早く風呂入って寝ちゃいなさい。」

「うん!」

いつもより数倍早いスピードで体を洗い、風呂を出て、身体を拭いた。

もうそわそわして仕方ない。

毎年この日はこんな気持ちになる。

何度も、寝ないで待ったこともあったが、結局眠ってしまうから今年からは諦めて眠ることにした。

そうすれば、早く朝が来る。

「おやすみ!」

「あら、もう眠るの?」

「うん!」

母さんは、洗濯物を畳みながら、クスッと笑った。

布団の中で、今日の出来事を想像しながら目を瞑る。

朝の空気、岡さんの顔、ハルキ君、舞台、打ち上げ、母さん、サンタさん・・・。

気づけば、もう深い眠りについていた。


随分早く目が覚めた。

5時。

いつも起きるよりも2時間も早い。

急いで枕元を見ると・・・、あった。赤い包装紙で包まれたプレゼント。

胸の鼓動が高ぶって、箱を開けると、僕のほしかったものが入っていた。

カメラ。

僕は思わずカメラを持って外に飛び出した。

まだ暗い外の世界を、夢中で走り回った。

そして、目に留まるもの、全部写真に収めた。

ひたすら走り回っているうちに、気づけば富士見が丘公園に辿り着いていた。

この公演からうっすら見える富士山の反対側、遠くの山の間から、朝日が昇ってきた。

あまりに美しい光景に、写真を撮ることも忘れて見とれてしまった。

もちろん、最後にはハッと気づいて撮影した。

こんな素晴らしいプレゼントをありがとう。と、心から思った。

そして、神様は、もう一つ僕にプレゼントを渡した。

家に帰ると、母さんがもう起きてパンと卵焼きを焼いていた。

「もう、朝どこに行ったのかと思ったわよ。」

「ごめん。」

「さあ、ご飯にしましょ。」

テーブルに毎朝お決まりの朝ごはんが並ぶ。

トーストと、目玉焼きとハム。

たまにハムがソーセージかベーコンに代わるくらいかな。

「そういえば、今朝岡さんからメール来てたよ。」

「なんて?」

「今日、稽古場に来てほしいって。」

「えー、どうして?」

「さあ、もしかしたら、クリスマスプレゼントかも。」

と、母さんはニヤリと笑った。

岡さんがプレゼントをくれるわけがないから、嫌な予感しかしなかった。


母さんと一緒に稽古場に着くと、岡さんは体調が悪そうに座っていた。

横にはコンビニのシジミの味噌汁が置いてある。

昨日、相当飲んだんだな。

母さんには、お酒は毒だから飲まない方がいいと言われていたが、この岡さんの姿を見れば一目瞭然だ。

「おはようございます。」

「お、おう。おはよう。昨日はお疲れ様。」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、いや、大丈夫ですよ、お母さん。・・・それで、今回お呼びしたのは素晴らしいお話がありまして・・・。」

「え?」

「ユウヤ君に、大手事務所がスカウトしたいとオファーがありました。」

「大手事務所?」

「はい、昨日の公演を見て、連絡をくれたんです。酔っ払っていて今朝気が付いたのですが・・・。」

「はあ。」

「お母さん、これはチャンスです!しかも、この事務所に所属したら、再来年公開される映画の主役級の役を確約してくれるっていうんです!これで、アースも有名になる。お母さんも、働かなくてもよくなるかもしれない!」

「そんな、いきなり言われましても・・・。」

「ユウヤ!お前はこの日本に、いや、世界に羽ばたいていくんだ!」

急なことできちんと状況が掴めなかった。

「岡さん、一旦、持ち帰って息子と相談させてください。この子にも、それなりの覚悟が必要となってきますから。」

「・・・わかりました。できれば、30日までに連絡ください。こんなチャンス滅多にないので、回答は早い方がいいです。」


家に帰ると、母さんが考え込んでいた。

「どうしてそんなに考えるの?」

「あなたは、これからの人生、一生役者として生きる覚悟はあるの?」

「もちろん。すごく楽しいもん。」

「あなたが事務所に入ったら、学校にもちゃんと通えないし、世界中に顔が知られるの。普通の生活ができなくなってしまうのよ?よーく考えて。」

「・・・僕は、一番好きなのは演技だし、これからもやめるつもりないよ。だから、やってみたい。それに・・・。」

僕は母さんをじっと見つめた。

「母さんが働かなくてよくなったら、ずっと一緒に入れるでしょ?それなら、そうしたい。」

母さんは、目から涙がこぼれそうになって、顔を背けた。

そして、僕はテレビの世界に足を踏み入れた。


<続く>

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