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【ショートショート】飛び降りアパート

「ここもお気に召しませんか…」
明らかに疲れた顔で男はため息をついた。
ほんの数時間前に会ったときには「あなたの理想の物件が見つかるまでお付き合いさせていただきます」と意気込んでいたが、今はその見る影も無い。

部屋探し3日。自分で設定した条件で理想の部屋はそう簡単に見つからないことを思い知らされた。
手当たり次第理想の部屋を探し、本日5件目の内見。残念ながらここも空振りに終わりそうだ。

「…1点よろしいでしょうか」
西日が差す部屋の窓際で、男が物言いたげな顔でこちらを見ている。
「ご希望されております条件のお部屋ですと、このレベルの築年数が一般的になってしまいます」
そんなことは色々な内見を通じて薄々気付いていた。ただ自分の心は何とも愚かで、心のどこかで「でも探せばあるのではないか」と疑心が反響し続けているのだ。

「……ただ、オススメは致しませんが1件あるにはあります」
男が提示してきたのは所謂「いわくつき」物件であった。
いつかは来るだろうと頭の片隅で考えていたが、いざ言葉にされると体が少し竦む。
これ以上贅沢も言ってられないのが現実ではあるので、仕方なくこの日最後の物件であるその部屋へと向かった。

「こちらのお部屋になります」
紹介されたのは木造2階建てのアパート。1階の角部屋だ。
中に入ると5畳程度の十分に広いスペースがあり、見る限りは問題が無い。
まさしく理想の物件ではあるが、やはり気になるのは「いわくつき」の内容である。
恐る恐るその内容を聞いてみた。

「実はここ、前の入居者が飛び降りで亡くなっております」
……飛び降り?飛び降り自殺と言ったか?でもここは一階の角部屋。
窓の外に目をやるが、ベランダとその先には舗装されていない砂利の駐車場があるだけであった。

「本当に飛び降り自殺ですか?」
そう聞くと男は苦笑いしながら
「自殺かはわかりませんが、飛び降りです。」

ますます訳がわからなかった。飛び降りってなんだ?
男が言うには前の入居者が、ベランダで倒れていたそうだ。
全身から血を流し、手足は折れ、身体が変形しているそれは「飛び降り」とでしか形容できない形で亡くなっていたのだ。

「ちなみに前の入居者も…その前の入居者も飛び降りで亡くなっております…」
そこまで言われるともはや論外の部屋である。いくらが条件に合う物件が少ないからといって、こんな部屋を紹介してきたことに少し憤りを感じてきた。

「こんなところはもう結構。帰ります」
そう言って部屋を出ようと窓の空いているベランダから出ようとしたその時


パンッ!!!

激しい音と衝撃と共に、降ってきた物体と共に自分の身体が激しく地面に叩きつけられた。何が起こった。考える暇もなく、意識が遠退く。


部屋の隅で男がぽつりと呟くのが聞こえた。
「なるほど…住民が虫嫌いなのか…」


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