「創刊号」17編の作品をめぐる座談会
「文芸誌つむぐ」創刊号に掲載された17編の作品について、有志メンバーが感想を語り合いました。いずれも「つながってる?」というテーマのもとに書かれた作品で、多様な世界観があります。大学院のゼミの課題と違って、誰もがのびのびと書いているのが印象的でした。座談会の内容にはネタバレの部分も含まれます。あらかじめご了承ください。(5340文字)
座談会出席者:近石和香子(近)、小林麻衣子(小)、平祥(平)、和奏(和)、友姫(友)、矢内原美邦(矢)、キミシマフミタカ(キ)
「ヒマラヤ杉」 森野水茎(もりのみずき)
(キ)私設図書館の中庭にあるシンボルツリーのヒマラヤ杉をめぐる話で、戦時中の言論統制が背景にあります。巻頭を飾るにふさわしい静謐な作品です。(平)木の生命力と亡くなった人の対比が興味深く、時がゆったり流れる感じが好きでした。読みながら充実した豊かな時間が過ごせる作品だと思います。読後感がとてもよかったです。(小)森野さんの作品はいつも、登場人物はもちろん舞台装置である建物にまで、あたたかな眼差しがあるというか、愛情が行き届いていると感じます。物語のためにつくられたのではなく、最初からそこにいた(あった)ような雰囲気がある。一言でいえば森野さんの「愛」を感じます。
「浅草公園の観音様」 飛鳥純(あすかじゅん)
(キ)浅草を舞台にした、とても読み応えのある作品です。これはたしか長大な物語の一部だったはず。早く一冊の本で読みたいです。(和)「姐さん」の語りが魅力的ですよね。実際にこういう女性がいて話しているというリアリティがあって。(平)重厚感があって何回も読み返しました。現在は過去の積み重ねの先にあるものなんだ、ということを実感させられる作品でした。浅草への愛着があるからこそ、人物が生き生きしているのだと思う。これ映画になりそうですね。(矢)岩井俊二監督ですかね。「姐さん」にお金を渡す場面は、物質的な支援を超えて人間としての共感やつながりが感じられて、温かいものが心に残りました。
「図書館強盗」 大宮まりこ(おおみやまりこ)
(キ)物語が禁止された世界、本棚に一冊も本が並んでいない図書館が舞台です。ある日、その図書館に一人の強盗が押し入ります。(友)これは大好きな作品です。こういう世界が本当に来ちゃうかもしれないと思わせる。本自体の存在意義が危くなっている今、問題提起をしてくれる作品だと思います。本への愛情がある人が、物語を読み耽るシーンも印象的で、大宮さんらしい優しさを感じました。(キ)牧歌的だけれども毒のある、小川洋子テイストを感じました。(平)ストーリーの面白さはもちろん、この作品を読んで自分にとって物語は本当に大切なのだと改めて思いました。物語が許される世界に生きていて本当によかった。
「ザ・パンティー」 友姫(ゆうき)
(キ)駅伝レースに出場する会社内のチーム名が「ザ・パンティー」。実話だと聞いてびっくりしました。(友)そうなんです。本当に「ザ・パンティー」だった。パンティーという言葉は、可愛い言葉なのに、なんとなく言ってはいけない感じになっている。パンツはいいのに、パンティーは恥ずかしい。その違和感が作品を書くきっかけになりました。襷を渡していく駅伝は、特集テーマの「つながってる?」にも合うと思いました。(平)私はずっと孤独なフリーランスの世界で生きてきたので、会社の仲間たちでつくる駅伝チームが楽しそうで、愛おしく感じました。気持ちが落ちたときに読んで、ずいぶん癒されました。
「Drivers must be inside」 和奏(わかな)
(キ)作品を読み終えてはじめて、このタイトルの意味がわかりました。友だちに会いに行く話ではなく、ドライブそのものがメインの話。いい意味で期待を裏切られました。(和)私自身はペーパードライバーなんですが、実際にDrivers must be insideって言われて、すごく納得した経験があり、忘れないうちに作品にしようと思ったんです。(平)文中の英文とカタカナの使い分けも面白かった。(和)意図的ではなく、英語で書いて違和感がない部分は英語の表記にしたという感じです。全部カタカナにしたらルー大柴になっちゃいますからね。(キ)ドライブを巡る新たな発見と、ロードムービーのワクワク感がある作品です。
「『いちご白書』をもう一度、をもう一度 Type B」 林一(はやしはじめ)
(キ)1976年、山口百恵が横須賀の坂を駆け上がるところから始まります。死んだ「彼」とは誰なのか? 読者の想像に委ねられる作品です。(平)ある意味で読みにくい作品なんですが、それだけに絶対に読んでやるぞ、みたいな気持ちで読みました。時間と意識をすごく刺激される、パズルのような作品で、すごく面白かったです。(和)共感する読書体験というよりは、70年代、80年代に育った人の詳細な記憶を見ているような、ドキュメンタリー映画を見るような感じがしました。(小)私はまさに、映画の「マルコヴィッチの穴」を思い出しました。人の頭の中を覗きこんだような不思議な読後感があります。
「くまとはちみつ、あるいはソフトクリーム」 小鳥遊ミエル(たかなしみえる)
(キ)学部時代の課題で、もし後部座席に熊が乗っていたら? という設定で書いた短編小説だということです。人間の世界に熊が迷い込んできたのではなく、熊の世界に人間が迷い込んだという設定が意外で面白かったです。一回世界が逆転するんですね。(友)とても情景の「色」が見えてくる作品だと思いました。森なので緑が多いんですけど、赤とか黄色とかブルーとか。(矢)最後のほうに、「現実に戻るためにこの世界のことを忘れてほしい」というシーンがありましたよね。その言葉がすごく印象的で、この夢のような体験が主人公にとってどのような意味を持つのか、彼の決断に興味をそそられました。
「山男」 ミヤモト
(キ)ミヤモトワールド全開の作品です。(小)知らない本を開いて、この作品があったら『当たりの本だ!』と思えるような作品でした。すごく好みの作品です。(平)いろいろ深読みしたくなる作品ですね。異世界に接する作品ですが、短編だからこそできる表現の魅力がつまっています。(和)山の上でラーメン食べるシーンがあるじゃないですか。ふつう山の上といえば、お握りとか蕎麦のイメージがあるんですが、なぜかラーメン。そこがすごく好きでした。(キ)ミヤモトさんの趣味は、眠れない夜、深夜テレビでジュエリーの通販番組をボーっと見ることだそうです。そんな趣味を持つ作者ならではの魅力的な作品ですね。
「待つ女」 小林麻衣子(こばやしまいこ)
(キ)3つの作品の短編連作です。「待つ女」というタイトルがあって、物語を考えたのですか?(小)そうです。何か縛りがあった方が書けると思って。世の中にある「待つ女」の物語とシチュエーションが被らないように書きました。(近)2番目の「快感を待つ女」が好きです。結構ベッドシーンとか生々しく、すごいと思いながら読んでいくうちに引き込まれ、自分でもシンバルを叩いて踵を踏み鳴らしている気持ちになりました。小林さんは”短編の女王”だと思います。(平)「記憶が呼び起こされるのを待つ女」は本当に怖かった、ゾッとしました。それぞれの作品の終わり方が独特で、そこで終わるのかっ、ていう感じが絶妙によい。
「電気陰毛少女」 キミシマフミタカ
(友)これはタイトルが先ですか? (キ)タイトルが先にありました。とにかくゼミの修士制作作品の執筆が苦しくて、その反動で衝動的に書いてしまいました。文学っぽくなく、一人だけ浮いている感じがして恥ずかしいです。嘘だと思うかもしれませんが、わりと本当にあったことを書いたりしています。(平)笑いながら読みました。アホだなと。くだらないけれど軽快で、少年漫画の悪ふざけ感がありましたね。でも締めるところは締めていて、バランスは良かったです。(小)この文芸誌の中では、登場人物(レイナ)の性格が一番明るかった。(矢)何かしらの「エネルギーの交差」を描いているように思いました。
「へその緒」 近石和香子(ちかいしわかこ)
(近)「つながる」というテーマだったので「へその緒」を題材にしました。仏壇の引き出しにあった「へその緒」を、最後に棺に入れるというのは実話で、そこから膨らませて書きました。(平)私自身も遺品整理をした経験があり、読みながら話の中に入り込んで、涙が出てきました。家族の死を経験したときの喪失感と、同時に過去に繋がっているという気持ち。(矢)死や命のつながりについて鋭く問いかける作品で、「へその緒」が生き物のように命をつなげるシーンは非常に印象的でした。死んだはずの祖母が微笑んでいるというイメージがあり、家族の記憶や絆が、物理的な枠を超えて存在し続けるんだなと思いました。
「秋の記憶」 深井緑(ふかいみどり)
(キ)すごく素直な文章で憧れます。(友)カフェで隣に座った女の子たちが自然に会話をしている感じがします。(和)初恋を回想する話なんですが、主人公の麻季が、恋愛は刺激的なドキドキ感よりも、一緒にいるのがラクなことが大事だと気づくのが印象的でした。初恋でそういう発想に至るのがすごい。(平)読みながら初恋のときのピュアな感情がよみがえってきました。もう忘れてしまったと思っていたのに。初恋はいつになっても初恋なんですね。そんな感情を蘇らせることができるのも、物語の力なんだなと感じました。(キ)思春期の恋愛は、まず異性をじっと見ることから始まる。「視線」の再発見がありました。
「朝湯」 鈴木由紀(すずきゆき)
(キ)温泉の朝の女湯が舞台という、状況設定がユニークな作品です。(平)温泉の朝の女湯って、夜とはぜんぜん違いますよね。同じ湯に入る他の女性を絵画のように描写して、その絵に心がちゃんとついている。肌のほてりまで伝わってくる文章力に感心しました。(和)文中にもありましたが、ルノアールの裸婦像のようで、色気を感じますよね。鈴木さんは、ゼミで話すと不思議なテンポがある方で、書く作品とのギャップが興味深いです。(キ)作品によってかなり文体が違うので、本当に同一人物が書いているのかと思うくらい。人が思いつかないような設定も面白いし、不思議な奥行きのある作品です。鈴木さんは謎の人です。
「掌の中の風」 平祥(ひらしょう)
(キ)物語性のある散文詩です。小説ではなく詩作品にしようと思ったのはなぜ? (平)どうせなら実験的なものをやりたいと思って。最初は小説として書いたのですが、そこから大事なものだけを抽出してこのかたちにしました。詩にし過ぎないことを意識しながら、行間を大事にするため、全文が一行以内に収まるようにしました。(和)一つひとつの言葉に大きな含みがありますね。(矢)映像的な表現が印象に残りました。とくに「風」を感じる場面や、酒の呑むシーンの描写は、五感を呼び覚ますような美しさがあります。主人公が感じる「風」や「酒」が、彼の内面と外界をつなぎ、感情が表面化していく過程が良かったです。
「静寂」 矢内原美邦(やないはらみくに)
(キ)意表をつく展開がある作品です。矢内原さんに質問なんですが、なぜ「笛」が登場したのか? なぜ「笛」の音で世界が動き出したのか?(矢)私は演出家なので、アクションがはじめにあるんです。主人公に注目を集めるためには、何をすればいいのかと考える。それが「笛」だったんです。実際に「笛」を使った演劇を上演したことがあります。笛の音が大き過ぎて劇場に怒られたのですが。(平)声に出して読みたい作品だと思って、実際に声に出して読んでみました。すると心情が立体的になってヒリヒリしてくる。やはり劇作家にしか書けない小説だと思いました。(キ)読む方は、ぜひ声を出して読んでほしいですね。
「靴をおろす」 阿壇幸之(あだんゆきの)
(キ)離婚をめぐるちょっと怖い夫婦の話です。(友)私は物語の最後、この男の人がすごく怖いと思いました。最後は女の人を理解し包んでくれると思っていたので。むしろ妻の方が夫に対する愛情が深かった。(平)私はまったく逆で、女の人のほうが酷いなと思いました。男の人に全部許してもらおうとする女性の傲慢さがよく描けている。女性として深く反省しました。(小)幸せそうな妹夫婦との対比も上手かったです。(キ)受け取り方にそこまでの違いがあるんですね。妻が離婚したがっている理由が明確に書かれていないぶん、いろいろな読み方ができる。男女の読者に問題を提起するという意味で、興味深い作品だと思います。
「わすれる」 猫玉しい子(ねこだましいこ)
(キ)猫玉さんは暴力をテーマにした作品が多いのですが、これも怖い話です。(和)もともと記憶はすごい曖昧なのに、信じたい記憶だけで人とつながっている、という感じが怖かったです。思い込みがないとつながれない人がいるのか、深く考えさせられました。(平)小説だからこそ表現できる怖さがありますね。ページをめくるたびにだんだん追い詰められてきて怖くなる。邪気満点の無邪気というか。(矢)新たな出会いや希望を見つける過程が怖いのはなぜだろうと思いました。クララ(語学学習のための海外の話し相手)との出会いが彼女にとって重要な転機となり、孤独感を和らげることになっている点も怖いです。
(創刊号・掲載順)