創作 連れション
私は現在、仕事の都合でほぼ毎日病院に通っている。
と言っても、病院内のシステムを卸している都合上通わざるを得ないだけで、私自身はすこぶる健康体だ。
この病院はそこそこ大きい規模で、入院患者もそこそこいるとの事だった。
季節は夏も終わり際、そんな仕事も佳境に入り、システムリリースに伴う深夜作業のため病院で夜を明かすこととなった。
当日は私と上司の2人体制で、この手の作業にしては珍しく滞りなくリリースは進んでいった。
夜間待機による遅めの出勤をした事もあり、眠気こそ来ないものの、作業に夢中でお手洗いに行くことが出来なかった。
そのため、作業が落ち着くと、急にお手洗いに行きたくなった。
人生すこぶる健康体だった事もあり、入院の経験がなかった私は、夜の病院のトイレ、と言うシチュエーションはテレビやネットでしか見たことが無かった。
普段怪談やホラーゲームの動画を漁っていた自分は、当事者になれるかもしれない興奮と、冷静に恐怖を感じ我慢するべきかと考えていた。
そんな中自分の中で出た結論は
「トイレ行きません?」
と隣にいた上司を連れションに誘う事だった。
上司は一瞬、何言ってるだと言う顔をしていたが、すぐに状況を察し、
「いやー、緊急で連絡が入ったら対応しなきゃいけないからなー。
先に言っていいぞー。」
と断られてしまった。
上司は自称見える人なので、こう言う時くらいはきてくれるかと思ったがそうは問屋が卸さなかった。
端末にロックをかけ、お手洗いに行く準備を整えていると、
「普段インターネットで見るような霊現象っぽいのはここはないと思うよ。だから安心して行ってきな。」
と笑いながら上司に言われた。
作業部屋を抜け出し、近くの外来用トイレに駆け込む。
部屋に入ると同時に明かりが点灯し、そこそこ綺麗なトイレが見えた。
トイレは小便器が2つ、個室が1つ存在しており、先客はいない様だった。
明かりが消えないことを祈りながら用を足し始めると、トイレの入り口から入院服を着た人が入ってきた。
おそらく入院している患者さんだろうと思い、目を合わせない様にしつつ個室に入るのを確認した。
個室からは用を足す音こそ聞こえないものの、便座をあっためるための機械音が聞こえていた。
誰か来てくれたなら実質連れションだな、と安心し小つつ用を足し終えた。
手を洗いトイレから出るとほぼ同時に、トイレの明かりが消えた。
ふと、個室の中に人がいたことを思い出す。
もしかしたら、個室は明かりがつくセンサーが反応しないのかもしれない。
個室にいた人も急に暗くなったら怖いだろうと思い、再度トイレに入り直して明かりをつけた。
明かりがついたトイレを確認すると、個室のドアが開いていた。
個室に人が入ったのは間違いなく確認している。
今は聞こえていないが、トイレの便座の機械音も聞こえていた。
たが、よくよく考えて見ると、ここは外来向けのトイレだ。
入院患者向けのトイレは病室のある各フロアに存在していたし、昼間ならともかくこの時間でトイレが混み合うなんて事もないだろう。
つまり、私の後ろを通り、個室に入った人は…
夏で若干蒸していたにも関わらず鳥肌が止まらない状態で、早歩きで作業部屋に戻った。
上司は部屋で退屈そうにスマホをいじっていた。
「おう、どうだった?」
「いや、個室に入った人が消えてたんですけど!?いないって言ったじゃないですか!」
「やっぱりいたか。そんな気がしたんだよな〜」
「なんで嘘ついたんですか?普通に怖かったんですけど!?」
「いやいや、俺が言ったのは普段インターネットで見る様な霊現象っだったよな。
これは偏見だが、今のインターネットやホラーゲームで出てくるの霊現象って所謂ジャンプスケアばっかりだろ?
で、恐らくだがお前の遭遇した現象の何某も驚かしてきたり、ましてや危害を加えてきたわけじゃなかったんじゃないか?
な、普段インターネットで見る様な霊現象では無かっただろ?」
とニヤけながら上司に言われた。
その後、特に障害もなく朝になり、牛丼屋で朝飯を奢られつつ解散となった。
「もし危害を加える様な何かがいたら、ついて来てくれたんですか?」
「そもそも我慢させてたよ。だって立会人がいなくなったらリリース作業ができなくなっちゃうだろ?」
と朝飯が不味くなる会話をしたことを忘れない。
帰り際、ふと病院を振り返ったが、やはり私には霊的なものは感じられなかった。
普段インターネットで見ていた様な劇的で末恐ろしい怪現象では無かったが、確実にゾッとする体験だった。