恋愛に疲れたら海を見に行こう

下らないことで泣いてしまう。それも頻繁に。
空まわったり、素直になれなかったり、しょうもないことで泣き崩れ、相手の一挙一動に動揺してしまう。
恋愛は一種の精神病かもしれない。
みんな世間の人たちは、どうやってこの熱を収めているのだろうか。普通に恋愛して、普通に恋人同士になっている人は奇跡が起きたと思った方がいい。私はこれがうまくできない。だからいまだに恋人がいない。

今、心を燃やしている相手は遠いところに住んでいる。あまり細かく書くことはできないが、とにかく遠方に住んでいる人とだけ言っておこう。
だからもちろん毎日会えないし、相手は忙しい身なので連絡も頻繁には取れない。
しばらく連絡が来ないところで、嫌な想像を沢山してしまう。もう自分に飽きてしまったのかとか、他に好きな相手が出来たのかとか。自分以外に大事なものができたのかと。居ても立っても居られない。
だからと言ってこちらから何度も連絡するのもおかしな話だ。それで鬱陶しいと思われたらおしまいなのだから。
相手の言葉を欲しがって辛い時には、膝を抱えて部屋の中でぼんやりしてしまう。何か恋愛に依存しないように別のことを考えようと思うが、寂しさが胸を支配して動けなくなる。
一度、寂しいよとメッセージを送ってしまった。変に取り繕うのもおかしいと思ってそのまま伝えた。彼は「また会おうね。俺も寂しいよ」と言ってそれきりである。そこで会話が途切れてしまった。
途切れたものを無理やり続けようとすると、かえって悪い方向に行くものだ。だからこうしてじっと待っている。
また何とも思っていない口調で「元気にしてる?」と言われるのをじっと待っているのだ。元気にしているも何も、あなたがいなくて元気がなかったなんてけして言えない。
自立した人間であるとアピールしないといけないのだ。かといって相手がいなくても大丈夫だと過剰にアピールしてもいけない。この匙加減が難しいところなのだ。

あまりにも「元気にしてる?」が来ないので、とうとう心配は臨界点を越えた。でもメッセージを送るわけにはいかない。
ただはらはらと泣くしかないのだ。布団を人の形にしてそっと抱きしめた。そのままずっと涙を流していた。

今日はあまり泣き止んでくれない。泣いても気持ちが全く落ち着かない。今日は辛すぎる日なのだろう。あまりにも自分が泣き止んでくれないので、私は車を走らせて出かけることにした。
外に出てみると、既に真っ黒だった。私の住んでいる場所が田舎なのもあるが、街灯は少なく6時を過ぎたあたりで暗くなる。秋が深まったからだろうか肌寒かった。
泣きながら車を運転して、前に彼と一緒に見た海辺まで来ていた。
田舎の港町には無料で駐車できるスペースがあったりする。そこに車を停めて、潮の音を聞いた。
半年ほど前に「海に連れて行ってやる」と思って彼を連れて来た場所だ。別に波が寄せて砂が広がる何の変哲もない海である。そんな海でも彼は「君がよく来る場所なんだね」と喜んでくれた。
そこで好きだよと言ってしまいたかったが、言わないでいた。折角友達として一緒にいてくれているのに、それを壊したくなかったからだ。ありがちな言い訳であるが、そういう人は多いと思う。
海を見ているからと言って、いい雰囲気にならなかった。友達同士で海を見に来ただけである。
私はボサボサの髪と全くお洒落ではない恰好で彼の隣にいた。これじゃどうやってもいい雰囲気にならないのは当たり前である。
しばらく海を眺めた後、彼は自分の町へ帰って行った。
好きだと言わなくて正解だったと思う。だからこうして今も連絡を取り合っているのだろう。今日はそれが途切れているだけだ。

私は夜の海を見ながら、また涙が流れるのを感じた。真っ黒い海は昼と違って不気味で、あまり居心地の良い場所とは思えない。
しかし波の音を聞いていると、あの時彼と聞いた音を思い出して、気持ちが落ち着く。
しばらく波の音を聞いていると、このまま水に入って死のうかなと思えて来た。何だか彼の声を聞けないことがとてつもなく悲しいことのように思えた。
その後少し落ち着こうと思って車の運転席に戻った。街灯は少なく、海も真っ黒だが、星やほんの少しの光で段々目が慣れてくる。

隣の誰も座っていない助手席を気づけば抱きしめていた。わけのわからないことをしていると思うが、こうしていないとどうにかなりそうだから、そうした。もし誰かに見られたら相当恥ずかしい光景である。
助手席を撫でて、たくさん泣いてしまった。

これがなかなかいいのである。人一人分くらいの厚みがあるし、頭を置く場所に手を回すと、とてもおさまりがいい。助手席は抱きしめ返してくれるわけでもないが、人に近くてとてもよかった。
助手席は静かに役割を果たし続けている。まさかこんな使い方があったなんて、昨日までの自分は知らなかった。
悲しくてどうにかなりそうな人は、助手席に抱きついてみるのをおすすめする。恋人がいるなら本人に抱きしめて貰えるのが一番良いが、誰も相手がいない時はこれがまたいいのだ。

しばらく助手席を撫でて泣いていると、だんだん自分のやっていることが馬鹿馬鹿しくなってきた。
大体ちょっと連絡が取れないくらいで泣きだし、もう寒い季節なのに車を走らせてわざわざ海まで来て、やることが助手席を抱きしめて号泣なんて頭がおかしいとしか言いようがない。

その後は家に帰って普通に床についた。自分を正気に戻してくれてありがとう助手席よ。あの車には愚痴も恨み言もたくさん聞いてもらっている。そろそろ付喪神として動き出すかもしれない。大切に乗ろうと思った。

そして彼からはまだ連絡が来ていない。ここで焦りは禁物だ。じっくり静かに待っておこう。恋愛には仙人のような忍耐強さが必要なのである。
これで永遠に連絡が来なかったらバッドエンドだが、そんなこともないと信じたい。
またこうして記録を残していこうと思う。こうして残していれば、自分の行動が如何におかしいかわかるから。

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