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アニメ監督(BIG3)考 3/3
BIG3のトリは押井守。真打ち登場です。
先に挙げたお二方は、それぞれ『作家性は強いが監督不適合者』と『究極のアニメーターとしての監督』と云う超個性の持ち主でしたが、この方の場合は言うなれば『監督に特化したカントク』です。
社内で劇場制作班的な扱いだった僕は、カントクのパト1、パト2、攻殻の三部作制作の後、数年間の間を空けてイノセンスへと参加しました。(注1)
パト1の頃は指折り数えられる程しか会ったことが無かったのが、パト2、攻殻と徐々にその数は増えて行き、イノセンス制作期間中はほぼ毎日、日によっては朝から晩まで一緒に居るハメ…じゃなくって機会を得ました。
お陰でそりゃぁもうイロイロと勉強になりましたよ。
でも、衝突することもありました。一度や二度ではありません。
ある時、スタジオにカントク宛の荷物が届きました。
嬉々として開梱したカントクの手には、物騒な長物が。ナニヤラ鉄砲のゴッツイやつです。
僕:「何すかそれ?」(白い目)
カントク:「ソードオフだよ。冒頭でバトーが撃つ銃(注2)」(ニッコニコ)
僕:「買ったんすか?」(ジト目)
カントク:「うん。払っといて」(目を逸らす)
請求書を見た僕は目を疑います。そこには何と7桁の数字が。
僕:「うわ!高っか!ナニこれ?!」(驚愕)
カントクは鉄砲を愛でながら、その必要性やら重要性やらを説きます。曰く、職人が削り出しで造った一点ものだとか、作画の為には現物があった方がいいんだとか何とか。
僕:「たった2~3カットの作画参考の為に、こんな高いもの買えませんよ!」(キレ気味)
しかしカントクは引きません。尚も、こーゆーとこに金をかけると映画がリッチになるんだとか、特注品だから返品できないとか、あーだこーだ…
いや、僕がキレてるのはね、玩具にしては非常識なお値段なことよりも、マネージャーの僕に一言も断り無く制作予算を使おうとしたことなんですよ。しかも、聞けば一ヶ月以上前に発注してあったそうで、現物が届くまで黙っていたのです。言えば反対されるのを見越した確信犯だった訳です。予算を預かる身として、これは看過できません。断固として拒否すると譲らない僕に向かって、とうとう逆切れしたカントクが吠えます。
「お前の金じゃねぇだろう!」
これにはね…平静を装ってはいたけど、ショックを受けました。職務の全否定です。
ソレヲイッチャァオシマイヨ…
でもね、当時は僕もまだ若かったんです。売り言葉にナントカ。僕も吠え返します。
「あんたの金でもねぇんだよ!」
反省しています。監督に向かって言うことじゃありません。
まぁでもね、本当のことだし、お互い様っしょ?
そんなこともあり…いや、他にも何度か危機的状況がありましたが、どうにかそれらを乗り越えた僕から見たカントクは、やはり他の方々とは明らかに違うスタンス…と言うか視点?の持ち主でした。自分の作品だけに限らず、それを内包する『映画』と云うものに対する考え方が、根本的に違う。
どうやら、同じ『映画』と言う言葉で表されるものの種類や重さ、自個と云う存在に占める割合等が、クオリア的に全く違うらしい。
言い方が正確かどうか分からないが、自分の一部分を切り出したものを現実に複写しようと画策する、それがカントクにとっての映画制作なんじゃないだろうか?そこには現実という壁があり、それを乗り越える努力が必要となる。
そして監督として各部署を他人に任せる以上、100%思い通りにはなることはありません。
カントク曰く「10個やりたいことがあって、2つか3つ達成できれば成功だ」とのこと。打率3割は優秀な方なのです。
でも、残り7割ないし8割を最初から諦めると言う話ではありません。思い通りでは無くとも、それを越える可能性があるからです。部署毎に特化したエキスパートに任せるからこそ、想定以上のものが上がる可能性もあるのです。「俺様の言う通りやりやがれ他は認めん」では、それ以上のものは出来上がりません。孤独な作業では無く、他者との共同作業だからこそできることなのです。
複数の、或いは無数の作品に対する独自のアプローチの産物が複雑に組合わさって形成された、たったひとつの『映画』。それが押井守という映画監督の求める成果なのです。(注3)
でもね、本当に重要なのは、それが現実に実行され続けていることです。良く居る頭でっかちで地に足が着いていない妄想世界の住人や、糸が切れた凧みたいな人にはできないことです。現実離れした妄想力(知恵)と、いざ実制作に入ってからは真逆の現実主義を持って断行する能力(勇気)。その両方を兼ね備えた人は、本当に稀な存在なのです。監督に特化するとは、そう云うことです。
みつ
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注1:攻殻機動隊の制作後、カントクは『デジタルエンジン構想』やらナニヤラで、アイジーを離れていた。『AVALON』や『ミニパト』の製作もこの頃。
僕も95年10月から97年2月まで他社へ出向していたので、この間一旦付き合いが途切れている。
注2:あくまでモデルガン=玩具です。実弾はおろかBB弾すら発射できません。市販されていないオリジナルデザインなので、作るしかなかったのです…って、そもそもそこまでして必要なもんじゃねーんだってば!(実際、作画の役にも立っていない)
注3:宮崎氏のように、他のスタッフは全て自分が目指すものに到達する為のお手伝い、という考えの方も居られますが、言ってみればそれはスケールの大きな『自主制作』。興味の無い音楽や音響の助けを借りて『映画』にしていますが、映画監督としては片手落ちです。
まぁそれでも、比類無き圧倒的な実力で高みへと上り詰めてしまっているので、グウの音も出ませんが…
カントクは想定以上のものが上がって来ると、とても嬉しそうな顔をします。「あ、今越えたな」と判ります。そこにカントクの制作スタイルの醍醐味があるんだろうなと思います。
蛇足:写真はスタジオの近所に居た猫。撮影は神山健治氏。
誰かに似てるって?嫌だなぁ、通りすがりの野良猫ですよ。ただの猫ですってば。