機動警察パトレイバー2 the Movie 1
デジャヴー
劇場版第2作である本作、押井カントクの最高傑作との呼び声も高い(諸説あり)だが、いかがだろうか?
本作もまた前作に引き続き、相変わらず低予算かつ極短スケジュールで制作された。その実体はと言えば、御予算チョイ増し、スケジュールもチョイ長、その分本編尺長めでカット数もチョイ多(注1)だったのだが、結果的に現場の僕は前作よりも桁違いに楽だった。
前作で最も負担の大きかった演出助手業務部分を新人の演出志望者に任せることができたからだ。他にも、試験的に導入されたパソコンによる一部処理業務の簡略化や動画仕上げ部署の社内化による人材確保などもあり、劇的に労力が軽減された。結果的に前作のように半死半生の憂き目は見ずに済んだのだが、製作が決定した時には、またあの悪夢の日々が訪れるのかと思い、畏怖戦慄した。
カントクは「大丈夫なんじゃないの?」と他人事のように言い放ち、同僚のS部氏は「来るぞ来るぞー!嵐が来るぞぉー!」などと揉み手をしながら狂喜の笑みで宣っていた。はて?その台詞、何処かで聞いたことがあるような…?
自分はと言えば、「これはもう歴とした夫婦の危機ですよ!」という声が聞こえて…いや、気のせい気のせい…(注2)
事件は現場で起きている
そしてまた、激重かつ膨大なカット郡を淡々と捌く日々が訪れた。労力激減と言っても、日々の作業は総じて多い。前作が異常に過負荷だっただけ。
ある日、ひとつのカットが行方不明になった。
原画アップ後にカット袋に詰めたのは自分なので、昨日までは確かにそこに存在していたのは間違いない。だが、朝出勤すると消えていた。
クライマックスシーン、狂ったように沢山の鳥さん達が飛び立つカット。超重量級の極悪カットだ。厚さも重さもそれなりにあるので、紛れたり隠れたり誤って移動したりするとは考え難い。有りそうな場所は全て探した。100回探した。それでも出てこない。肉体的には楽になったが、決して余裕があった訳では無い土壇場で、これは致命的だ。
では、どうしたかと言うと…騒いだ。部署という部署を廻って、大騒ぎした。「大変だぁ!どーしよー!?」とか「あんなこんなで、そりゃーもータイヘンなカットなのにー!」とか「あーもーダメだー!間に合わないー!死ぬ死ぬ死んぢゃうー!」などと、できるだけ大袈裟に、ワザトラしく騒ぎまくった。
するとアラ不思議。次の日に出勤してみると、机上の待機カット郡の真ん中に、一際重いそのカットが鎮座ましましていた。
これぞ昔から現場に言い伝えられてきた『騒げば出てくる現象』である。(注3)
誰が?とか何故?とか、決して言わない。そーゆーもんだとだけ思っておけばいいのである。(注4)
状況の産物
行方不明と言えば、佳境を迎えた前作の制作現場に一際大きなダメージだったのが、動画作業の為に海外に飛ばしたまま帰って来なかったカット郡の内の7カットだ。結局この時は、ただでさえ苦しい現場を泣き落として再作業していただいた。
当時は海外作業時に各種素材が行方不明になるのは日常茶飯事だった。主に作画の為の補助的な役割の素材などが、作業の過程で入れ忘れられたり、別のカットや、時には他社の作品に紛れ込んでしまったりしたのだ。(注5)
もし今回また同じことが起きたら、今度こそ致命傷になりかねない。
そこで本作では一計を案じた。
拠ん所無く海外作業に頼って原画を飛ばした場合、それが紛失してしまえば一から作画作業をやり直さなければならなくなるのだが、辛うじてレイアウトだけは美術作業の為にコピーして別作業に回っているので、それを元に復元できる。それならばと、原画と背景の作業に入る前に、最初から全カットのレイアウトと主要セル部分のラフ画をコピーして手元に保存して置くことにした。これがあれば最悪カットが失くなっても、再作業がやり易くなるだろうと考えたのだ。制作の作業的にも、元々やっていた作業時にコピーを倍数取るだけなので、負担は少ない。(注6)
斯くして、日々の作業時に取り纏められたレイアウトと主要セル部分のコピーは、僕のデスクの一番下の引き出しにカット番号順に累積していった。
最終的には3000枚程の束となり、それなりの存在感を放っていた。だが、これもまた中間生成物のひとつ。制作業務終了と同時に消え去る運命…かと思われたのだが…
「いいコト思いついた。それ、使うから取っといて」とのカントクのオコトバに、貴重な机のスペースを占領されたままで待つこと数日。出版社の方が回収に来たので、一通り内容の説明をしてから引き渡した。
そしてそれを元に後日上梓されたのが、名著『METHODS~押井守「パトレイバー2」演出ノート』である。(注7)
大した負担では無かったとは言え、現場でのこうした労力が報われることは少ない。ほとんど無いと言ってもいい。これは珍しく、映画本編とは別の良い形、残せるものとして結実した成果と言えると思うが、結局、成果って状況への対処の積み重ねなんだよなぁ…などと考えたりもするのだった。
みつ
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注1:本編尺113分、総カット数872。それでもやっぱりカット数が異様に少ないのが分かる。(前々回の劇パト1の2を参照)
注2:帰宅してカミさんに続編制作が決まった旨を話した時、深刻な顔で「誰かに代わって貰えないの?」と聞かれた。人材的余裕は無いので不可能だと伝えると、「二人目が居るのよ。お腹に…」だって…
正直、動揺した。が、上がったばかりの本作の絵コンテを一読して、更に驚愕動転、文字通り引っくり返った。その時の子も、もう31才…(遠い目)
注3:何?聞いたことが無い?僕は駆け出しの頃に教わったよ?
制作進行職に従事されている方にはお勧めです。カットが失くなったら騒げ!そうすれば、きっと出てくる!…はず…(希望的観測)
注4:無論、見当はついているが、犯人探しは御法度。末端作業者にも、それぞれ想う処があったりもするのです。現場が煮詰まってきた時、ふとそれが迸り出てしまうことだってあるのです。
あ、事後にはお詫び参りも忘れずにね。「いやー見つかりましたよ。お騒がせしてすんません!(テヘペロ)」とでも言えば、大概分かってくれます。モノさえ見つかれば、それで良いのです。
注5:管理不行届きと言われれば全くその通りなのだが、言葉の壁以上に作品に対する作業者の意識の違いが大きく、何度言ってもお願いしても泣いても喚いても馬耳東風。彼らにとってはどーでもいい些末的なことらしく、自分の作業に関係無いものには全く無関心な人も多かったようだ。(泣)
注6:通常、作画作業の第一段階として、コンテを元にカット全体の画面構成を決める。所謂レイアウト作業だ。これがOKになるとコピーを取り、正副を背景部分とキャラクターなどの作画部分に分けて作業が進められる。
我らがカントクなど、絵の方のチェックはここまでしかせず、「映画の半分は音でできているのだ」と言う主義主張の元、さっさと音響作業の方に移ってしまう、というのは以前にも書いた通り。その位重要な、映画として要の部分がレイアウトなのだ。
注7:長らく絶版で、オークションサイトで高値が付いていた時期もあったが、その後何度か復刊されている。
現在は復刊ドットコムのサイトから入手可能。
これはもう、全ての映像・演出に興味がある方にお勧めしたい良書です。
そうでない方にも一読の価値あり。『映画と言うもの』の一端に触れられますよ。