TRUE COLOURS
◉あらすじ
昭和15年、大陸での戦争継続のなか近衛内閣により大政翼賛会が発足。国民服令が決められ、男子は帯青茶褐色の地味な服が奨励。女性の華美な衣服が自粛されていき、巷から色が消えてゆく。
三河市で代々染色をしてきた職人・草野五斗志(くさのごとし)の元に3人の女性がやってきて、五斗志の作品を褒めちぎる。そして、大日本婦人会、大政翼賛会文化部や、民藝の名前を出しながら五斗志の帯青茶褐色を日本中にそしてアジア中に広げたいと言い出す。
◉登場人物
・草野堂
草野五斗志(くさのごとし)49歳 淡々と染める人
草野彩子(あやこ)18歳
・大日本人会
鈴木幸子(隣組)
だいちゃん(隣組)
近藤道子(大政翼賛会文化部)
平尾公一(大政翼賛会文化部)
本多文子(民藝)
本間静雄(民藝)
・特高警察
特高1
特高2
◎シーン1 染工房『草野堂』 一九三九年十一月(国民服令)
●舞台中央は土間。上手に上がり框があり、板間と囲炉裏。舞台中央に竈門があり、水場。大机に釜や鍋、ざるなどが重ねてある。
●染色工房の房主の草野五斗志が上手から束になった布を抱えて入ってきて机にどさりと置いて、布の整理をして、水場に行って蛇口から水を出してバケツに貯め、竈門の鎌に水を移す音。三杯バケツを移す。その水音。そのあとで、竈門の火を熾す。その煙。団扇で竈門を煽ぐ。ばたばたという音。
●下手から話ながら三人の女性が近づいてくる。地味な色の着物姿。
幸子「(引き戸から中をのぞきこむようなしぐさ) ここよ」
道子「いらっしゃるご様子ね」
文子「(室内を見回して) 素敵! お仕事中かしら」
●来客の気配に気づいた五斗志が団扇を持って気もそぞろに煽ぎ続けたまま、引き戸にちかづいて開く。
五斗志「なんだん、誰かとおもった,幸子さんかん」
幸子「お仕事中? お邪魔じゃないかしら」
五斗志「構わんがね。どうしただん、よそ行きで、名古屋にでもおでかけかん?」
幸子「(少し気取って)いえ、こちらに」
五斗志「(笑って) こちらに、って。巽丘の隣組じゃん、今日は言葉もよそ行きだなん」
道子「(脇から入るように、少し甲高い声で)龍鳴の聴こえる方角を辿ってこの山に上がってまいりましたら、この工房が・・」
五斗志「さっき、(天井を指差す)、この上を輸送飛行機が通っていったでのん」
幸子「今日は、お勤めできたものだから。(道子と文子を引き戸に引き寄せて) こちらは道子さん」
道子「近藤道子です。今年から発足しました大政翼賛会・文化部のお勤めをさせていただいています。で、こちらが本多文子さんです」
文子「わたくし、、柳先生にビビビと感電いたしまして、民衆的芸術、民藝の活動をこの三河という地域において応援させていただいております。まさに草野先生の手仕事は民衆的芸術そのもの。先ほど幸子さんからききましてぜひ今日、今、お会いして民藝の精神の籠った国民服を草野五斗志先生に染め上げていただきたいお願いしたいと、祈念してお伺いいたしました」
五斗志「(興味なさそうに) おお、そうですか?」
文子「こ、これは藍壺ですね。あ、これはっ!(かけてある藍色の布を見て) 藍染、きれいですねえ。」
道子「スバラシイ、想像以上ですわ。大和民族の精神性の高さを体現なさっておいでです」
五斗志「いえ、うちは代々の染め屋なだけで・・」
幸子「だいだい! 素晴らしい、橙は何で染められるのですか? 蜜柑とか夏みかんとか?」
五斗志「いやいや、その橙ではなくて、先祖代々の」
道子「そうでございましてか。代々というは、だいたいどれくらいの?」
文子「桓武?神武?」
道子「神武!スバラシイ!じゃあ、二六〇〇年くらい? 来年は神武天皇即位二六〇〇年。紀元節のための準備着々。大東亜新秩序建設のためにまさにもってこいのかたです」
五斗志「まさか(苦笑)」
幸子「先生の・・」
五斗志「先生だなんて、やめとくれん、幸子さん、昔からのただの染め屋ですよ。」
道子「え、ただ? 無料でされているなんて、まさに滅私奉公。志の高い高潔で清廉なお方」
五斗志「ただ(只)でして、ただ(無料)ではありませんが」
幸子「(かぶせるよう) そうなの、無欲翼賛、こう言う方はそういうかたなのよ。」
道子「では、ぜひ、ねぇ、幸子さま」
幸子「ぜひ、大日本婦人会三河支部として先生を推薦させていただきます。」
●道子が風呂敷包から畳まれた国民服を取り出す。
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