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『かやのなか』
登場人物
ガヤ
ガヤのお母ちゃん
妹二人(ミミ、ネネ)
弟二人
東のカヤネズミ四人
西のカヤネズミ二人
西の看護士
東のカヤネズミお婆さんと四人の孫
アオサギ
イタチ 七匹
人間母さん
人間赤ちゃん
〇シーン1 東の萱野
●舞台背景は萱の野原。右隅にスポットライトが落ちている。背景に空襲の記録画が映し出される。
(声) 「人間暦西暦1945年7月20日未明。愛知県岡崎市はB29、90機による空襲を受け、死者279名、負傷者348名、被災者32068名。中心市街地が焼け野原になる甚大な被害を負いました。しかし、その時、被害を受けた者は人間だけではなかったのです。岡崎市を北から南に流れる矢作川の河原の萱の野原にも焼夷弾が落下。そこに住んでいた日本一小さなネズミであるカヤネズミたちの家も焼かれました。」
●爆撃音。
(声) 「ほら耳を澄まして聞いてください。彼らの小さな小さな声が聞こえてきます。」
●スポットライトの中。母ネズミにまとわりつくおびえた弟ネズミたち。
母ネズミ「ガヤ起きて!先に逃げて!」
ガヤ 「ん?どうしたの?」
ガヤ母 「火よ!火事!ネネとミミを頼むわ!」
●ガヤは飛び起きて、妹のネネとミミを起こし、萱の葉でできた丸いボール状の巣から外に出ようとして立ち止まる。あたり一面の萱野は火の海。(赤い照明が明滅)熱い、逃げようとして、あっ!と思い返し、巣の中を振り返り叫ぶガヤ。
ガヤ 「お母ちゃん!」
ガヤ母 「お母ちゃんはこの子たちをおぶってすぐに追っかけるから。先にお逃げ。」
●火と水に挟まれて、戸惑う三匹。しかし、ガヤが意を決し二匹を連れ、川の前に来て、妹たちに言い聞かせる。
ミミ 「火が、お家が燃える!お兄ちゃん、火怖い!熱い!熱い!」
ガヤ 「ミミ、ここにいたら焼けちゃうぞ!川に飛び込むんだ!でも水を飲むな!」
ネネ 「お兄ちゃん、水怖い。」
ガヤ 「ネネ、手足をばたばたさせて浮かぶんだ。さぁ、行くぞ!」
●ガヤは妹を連れて矢作川に飛び込む。(舞台の正面に波を象る布が数枚翻り急流を表現。
ネネ 「お兄ちゃん。」
ガヤ 「ネネ顔をあげろ!水を飲むな!」
ミミ 「お、おぼれる。」
ガヤ 「ミミ手をばたばたさせろ!浮かぶんだ。」
●三匹は離れ離れになり激流に飲み込まれてゆく。「助けてくれ~」と叫びながら、三匹の間を流されていくたくさんのネズミたち。(暗転)
〇シーン2 西の萱野
●明転すると西の萱野。ガヤが横たわっている。ガヤは気がついてあたりを見回す。せわしく介護をしている西のカヤネズミたち。やけどや大けがで手当てをしてもらっている東のカヤネズミたちでいっぱいだ。
ガヤ 「ここは?」
看護士 「安心して。ここは西の萱野よ。」
ガヤ 「ぼくは助かったの?」
看護士 「小さいのに偉いわ。あの火の中を逃げて矢作川を泳ぎ切るなんて。たくさんのたくさんのカヤネズミが火に焼かれて、水に溺れて(急に声が低くなって)死んだ。」
●ガヤはハッと起き上がる。
ガヤ 「お母ちゃん、ミミ、ネネ!お母ちゃんを知りませんか?ミミ、ネネ、生まれたばかりの、まだ名前もないぼくの弟たちを見ませんでしたか?」
●避難者や介護者の中を探し回るガヤ。誰もが疲れ、忙しく、ガヤの問いに頭を振る。
ガヤ 「ミミ、ネネ、お母ちゃん!」
⚫︎観客席に向かって声を振り絞って呼びかけ、探し回りながらガヤは舞台から出てゆく。
西のカ①「雷さまでも落ちてきたのかい?ガラガラすごい音だったよ。」
西のカ②「昨夜は東の空が火で昼間のように明るくなったよ。」
西カ①②「何が起こったんだい?」
●どんぐりの笠で水をかけてもらっていたおばあさんネズミがしゃべり始める。
お婆さん「巣を綺麗にして、孫たちを抱いて寝たころ、ぐおーて空がうなりだして。」
●途中で震えだしてしまい、そのあとを孫ネズミが続けて話す。
孫① 「(空を見て)真っ暗な空に銀色の鳥が飛んできてね。(両腕を鳥のようにはばたかせる)。」
孫② 「火の吹く棒切れを空いっぱいに撒いたの。(両手をばたばたさせる)。」
孫③ 「空の途中から火の棒が弾けてばらばらに散らばって落ちてきてね、森も川もぼくたちの萱の寝床もあっという間に火の海の中。(思い出してくるくる回り始める)。」
孫④ 「熱い風が吹いてきて鳥やけものたちの背中や頭に火がついて苦しみながら燃えて死んだよ。(頭を抱えてしゃがみ込む)。」
●カヤネズミのおばあちゃんは急にわんわんと泣き出す。
お婆さん「うちの一番のちびたんは逃げ遅れて焼けて死んでしまった!」
●孫たちもそれに合わせて泣き始め、それにつられて東のカヤネズミたちもわんわん泣き始める。
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