アグリテック業界の未来
思い込みが進化を止める
産業は新規プレーヤーを受け入れると発展し、あざ笑うと衰退する。
これは歴史が完全に証明していることである。
日本のアグリテック業界はどうだろうか。残念ながら衰退産業に片足を突っ込んでいると言わざるを得ない。
日本全体に「農家にテクノロジー開発ができるわけがない」という思い込みが深く刻まれているからだ。
かつて、彩園なかやが自社開発したネギ特化型生育予測プログラム”A-stat”をアグリテック関連のビジネスプランコンテストに出品したことがある。一次通過後の二次審査で審査員はこう言っていた。
「大企業が取り組んでできないことが個人農家にできるわけがない」
「最初は農家の趣味かと思っていました」
大企業ができないことと個人農家ができないことに事象の関連性はないし、私から言わせれば現状のアグリテックは現場感覚のないIT屋や機械屋の趣味を農業に持ち込んでいるだけとも言える(もちろん良いものもたくさんある)。
MacintoshもFacebookもビットコインも大企業が作ったものではない。大企業が発展させただけである。
いずれにせよ「農家ができるわけない」という思い込みがこの言葉を選ばせるのだろう。
当然、全員がそういった反応というわけではない。実際、彩園なかやのアイデアが劣っていただけなのかもしれない。だがしかし、まだまだ発展途上であるはずの業界で新規プレーヤーに対しこのような発言をしてしまう程度の人物が”審査員”であることは衰退産業へ転落する予兆であろう。
農家主導の開発チーム
かくいう私はソフトウェアやハードウェアの開発技術なんてものはあいにく持ち合わせていない。
だがしかし、私が持っていることは「農業現場の課題」であり「課題解決アイデア」であり「デジタルネイティブ世代である」ということだ。
であれば、「農業現場の課題」を伝え私がイメージしていることを実現できるパートナーを招き入れれば「課題解決アイデア」を実現することが可能になる。
そう。これが農家主導の開発チームの強みなのである。
現場感覚と危機感を強く持った人が発起人となり、それに共感したパートナーが不足部分を補って開発していく。そうすることでよりリアリティのあるものになっていく。
アグリテック企業が悪いわけではない。しかし、開発の発起人自身が野菜栽培や農場経営で血反吐を吐くほどの危機感や地獄のような現場感がなく情熱だけなのであれば、本当に誰かを救うものは作れない。削った”人生”の割合が違うのだ。
アグリテック業界の未来
残念ながらアグリテック業界側にも農業現場側にも新規プレーヤーを受け入れられない人たちが一定数いる。いつの時代も同じような話だが、その人物がある程度の地位にいる限りはなかなか発展もしていかない。
しかし、それを残念がる必要はない。いつでも歴史はそうやって発展してきているのだから。
地動説や進化論も誰かが説得して普及していったわけではない。単純に時間が過ぎ、否定する人々が引退していく中で常識がすり替わっていっただけの話だ。これを「パラダイムシフト」というらしい。
私たちはその時が来る日までしっかりと着実に実力をつけていかないといけない。