やばい、まじやばい! 売れない営業マンの後輩が前代未聞の大量受注を取ってきた! (Rewrite)
やばい、まじやばい!
何がやばいって、売れない営業マンの俺の後輩が、前代未聞、空前絶後の大量受注を取ってきた。
もう会社あげての大騒ぎ。
俺たち車のディーラーの営業マンって、毎日足を棒にしてどんなに頑張っても、月に10台もまず売れない。
ほとんどの営業マンはノルマの月5台すら正直きつい。
コロナが来てからは、訪問営業を全然かけられないからな。
毎日、電話やDMで客の来店を必死こいて促進して、やっと来てもらったところをなんとかつかまえて月に3台も売れればいい方。
俺はなんとか毎月1台はキープしてるけど、対人恐怖症の気味の俺の後輩の猿田なんか、1台売れればいい方で、ボーズ(ゼロ台の意味ね)の月の方が多い。
だから、毎日の営業報告をする夕礼で、猿田は”ごくつぶし”とか、”ダメ猿”とか店長のハゲさん(本名は萩原ね、頭がすごく寂しいんだよ)からいつもけちょんけちょん。
自分はいじられキャラで、あいつがいるから救われてるって他の4人の営業マンに思ってもらうのが自分の役割ですから・・・なんて猿田は言ってたけど、実際のところははかなり凹んでた。
毎日、毎日粘着質なハゲさんにぐだぐだ、うだうだ、ねちねち言われるからな。たまらないよ。
で、その日、夕礼で営業報告の順番が猿田に回って来たわけだ。
猿田は前の日から急に休みを取ってたんだけど、夕礼に出て来たんで、あー成約取れたんだなとは思ったよ。
そしたら、あいつすっげー照れくさそうに
「やっやっとせっ成約いっ1件とっ取れました」って小さい声で言った。
あいつあせったり、緊張するとどもるんだよ。
おめでとーって素直にみんな祝福したよ。
猿田が落ち込んでるのみんな知ってたらからな。前の日から急に休んで心配してたんだよ。
成約取れたのがマージンの少ない軽トラだって聞いて、まあそれでも良かったじゃん、次は小型車取れるように頑張ろうなって、なんかほんわかした雰囲気だった。
そこまでは・・・
猿田がホントすごく困った顔で
「そっそれが・・・ちょっちょっと、あの、ちょちょっとこっ困ったことになっなってまして・・・・」と言いだ出した。
また猿田が客から何か無茶な注文つけられたのかと思ったよ。みんな。
前もあったんだよな。本体値引きはいらねーから、用品20万分をタダでつけろとか。無茶言う客が多いんだよ。
「じっ実は、とっ友達にたっ頼んだら、いっいっぱい買うって言われちゃって・・・」
「いい話じゃん。それ困ることないじゃん」ってハゲさん。
「そっそれが・・・ はっ8・・・台なんです」
「8台、いいじゃん、いいじゃん」ハゲさん超ハイテンション。
「・・・そっそのいっ1万倍っていうか・・・はっ8万台注文もらっちゃって」って言い出したところからおかしくなった。
え? は? って、みんな猿田が何言ってるか全然わからない。
車の営業の世界って、一日の成約数なんてどんなに多くても片手の指で足りる世界なわけ。だから誰も猿田の言った数字が理解できない。
「こっこれなんですけど」って、猿田がおずおずと注文書を鞄から出して見せたわけ。
車の注文書って、台数とか書く欄がそもそもない。基本1台売りだからな。
なので、猿田は車名のところに台数を入れてた。
ハイダットトラック ジャンボ 4WD CVT ホワイト(80,000台)
で、その下の数字は全部猿田の手書き。すっげー汚ったねえ字。
車両本体価格:¥108,000,000,000
付属品価格 :¥ 5,200,000,000
特別お値引 :¥ 4,000,000,000
消費税 :¥ 10,920.000,000
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合計 :¥ 120,120,000,000
桁がでか過ぎて、もういくらなんだかよくわからねえー。
計算が合っているんだか、合ってないんだかも全然わからねえー。
「なんで手書きなんだよー」ってハゲさんが頬をぴくぴくさせながら聞いた。あのハゲさんが笑いをこらえてる。
でも、突っ込むところそこじゃないから。ハゲさん。
金額に突っ込めよ。
「おっお店のちゅっ注文書システムだと、けっ桁がおっ大きすぎてにゅっ入力できなくて。しょしょーがないからてっ手書きになっちゃいましたぁ」って猿田は申し訳なさそうに言うわけ。
この辺で店のみんなは笑いのツボを完全に押さえられた。
全員が身体をくの字にして笑いをこらえてた。
「で、これいったいいくらなの?」ってようやくハゲさんが聞いた。
猿田はもう顔をひきつらせながら言うわけ。
「そっそれが総額で、いっいっ1200億円になっなっちゃいましたぁ」
もう会議室にいる全員がそれ聞いてのたうちまわった。腹かかえて。
総額1200億円とか、年末ジャンボかよ。
「フッフッフロアマットとかオッオプションが、ごっご52億円、ねっねね値引きが、よっよよよ40億円になっちゃうんですぅ」
「で、しょしょ消費税が、ひゃひゃ109億円もあるんですぅ」
猿田が細く内訳を説明するたびに、みんな頭がすっ飛ぶかと思うぐらい笑った。
8万台のインパクトってハンパない。
付属品52億円 … それ付属品の金額じゃねー。
値引き 40億円 … そんな値引き聞いたことねー。
消費税109億円 … そんな消費税払えるやついるのかよー。
みんな机をばんばん叩いて涙を流して笑った。
なんだよ、それ。ありえねーだろ。猿田。
全員のたうち回って笑い転げた。こいつとんでもねー。
え? どこから猿田が8万台も取ったのかって?
猿田の友達なんだよ。
アジャって猿田は呼んでるけど、本名はアジャドゥルアズィーズ・ハーリド・アル・なんちゃらとかいうすっげー長い名前の学生時代の親友。
ゼミが同じで本国ではできないような遊びをけっこう二人で楽しんだらしい。
アジャがそういえばアラブなんちゃら国の金持ちぼんぼんの留学生だったって猿田のやつ思い出して、アジャなら小遣いで軽トラぐらい買ってくれるんじゃないかって軽い気持ちで頼んでたらしんだな。何ヶ月か前に。
で、猿田はすっかりそのこと忘れてたんだけど、王族の子息のアジャの口利きで、本国の灌漑設備やらゴルフ場やらで8万台を使うって話になったらしい。まあ、国家プロジェクトだな。
で、猿田に発注した。
猿田が急に休み取ったのは、アジャに会うためだったんだな。
名刺を見たら、アジャはアラブなんちゃら王国の駐日大使だった。
猿田のやつ、新選組以外で自分のことを"隊士”って言うやつはアジャしか会ったことないとかボケた事言ってるぐらいだから、アジャが何者かまったく理解してないな。やっぱり猿田はバカだな。
で、地方のディーラーで扱うには、あまりにでかい取引なんで、社長が自動車会社の本社に相談したら、すっげー大騒ぎになった。そりゃそうだよな。
ハイダットトラックの年間販売台数って約7万台なんだよ。それよか多いんだからな。
自動車会社は、そういうことならぜひ直でやらせてほしいってアジャに交渉したらしいけど、アジャが猿田を通さないなら買わないって超ゴネて、結局猿田の売り上げ=うちの店の売り上げということになった。
うちの店が仕入れた車をアジャの本国に輸出することになった。形の上では。
これが自動車会社側の営業本部長を怒らせちゃったんだよな。
ディーラーのくせにふざけるなって。
うちの社長は、自動車会社からの天下りだからな。この話で自動車会社本体復帰をすっげー狙ってたんだけど、完全にその目はつぶれた。
そこから先の問題はカネだった。
自動車の場合は、店はまず自分のカネで車を仕入れないといけない。
そうすると店の仕入れで1000億円ぐらいが必要になる。
地方都市の車のディーラーが1000億円なんて金持ってる訳がない。
1000億円って、車を仕入れる金額っていうより、自動車生産工場を軽く建てれるぐらいの金額だ。
自動車会社に、客からのカネが入ってから払う後払いにしてくれって頼んだら、そんな前例がないし、そもそもそんな金額を売掛になんかできないからダメって言われた。一度へそを曲げるともう役所だからな。自動車会社ってのは。
しょうがないので、社長と俺で近所の信用金庫に融資の相談に行った。
ハゲさんが銀行と聞いて超びびって行こうとしかったので、猿田の指導係の俺が行くことになった。
社長から、お前らのせいだから、お前が話をしろって言われた。無茶苦茶だろ。自分が本体に復帰できなくなったことを相当恨んでる。
車を大量に受注したので、その仕入れのカネを融資して欲しいってところまでは、融資担当の若造は聞いてくれたよ。
「で、いくらぐらい必要ですか?」って聞かれたので、
「1000億円ほど融資していただきたい」って言ったら、はあ?って素で言われた。
「いやー、8万台一度に受注しちゃったんで」って言ったら、
「嘘だろ?」ってぼそっと言った。
銀行マンが「嘘だろ?」って客に言うか?
で、「1000億円とかそれマジで言ってる?」って言われた。もういきなりタメ口。
今度は付き合いのある地銀に行ったけど、反応はほぼ同じ。
全然相手にされない。
融資担当のしょぼくれたオヤジが出て来たけど、8万台の受注とかまったく信じない。1000億円とか鼻で笑われた。
はい、はい、はいってな感じでティッシュくれた。
しかたないので、猿田経由でアジャに頼んで本国のアラブ国営なんちゃらバンクってところから融資してもらうことになった。ドル建てで。
そしたら自動車会社が国内販売ではドル建て決済なんてやってないとか、国内政策との整合がどーたらこーたらすっげーうるせーこと言うんだよ。
あいつら俺たちのことが相当気に食わなかったようだ。
でも、それ聞いてアジャがめちゃ怒っちゃって、本国の国営なんちゃらファンドを使って、自動車会社の株をじゃんじゃん買い占めたら、うるせーことは言わなくなった。
そしたら今度は経産省の自動車課の課長ってのが店にすっ飛んできて、頼むからこれ以上の外資の資本注入を即刻やめさせてくれとか言うんだよ。
円安のうえ株安が重なって、まだまだじゃかすか買える状況だったしな。
課長なのに自動車会社の社長やら専務やらが下僕みたくぞろぞろお供してた。
役人の課長ってそんなに偉いのかね。
で、自動車会社の社長も頭下げてたわ。猿田に。
結局、過半数まで株式を握ったところでアジャの買い占めは突然終わったけど、あれ猿田は何もしてない。
だって、猿田は何を頼まれてたかまったく理解してなかったんだからな。
アジャが猿田のためにこれだけいろいろ手をつくしてくれたのは、猿田とやらかした学生時代の何かをバラされるとすごくまずいからなんじゃないかと俺は睨んでいる。あそこら辺の国っていろいろうるさいからな。
アジャが猿田と話すときにすっごい気を使ってるんだよ。
でも猿田はバカだからわかってないけどな。
それにだいたい猿田は何も覚えてないんだけどな。
今、ハイダットトラックの納期が2年待ちになってるだろ。
あれ、全部猿田のせいだから。
向こう1年は猿田の受注した車の生産だけになるって。
ちなみに、猿田の販売台数、売り上げ額は、当然だけど営業マンとして歴代最高。そしてこれまた当然だけど生涯販売台数、生涯売上額としても猿田が歴代1位。
それまでの生涯販売台数の最高記録が、営業の神様とまで言われた松島さんって人の25年かけての5000台ぐらいだったから、猿田の記録はまず今後永久に誰にも抜かれることがない。
生涯販売台数の新記録を狙っていた全国の凄腕営業マン達がすっかりやる気なくしちゃってるそうだ。そりゃそうだろうな。新記録は絶対無理だもんな。
で、猿田はどうなったかって?
今度の6月の株主総会でうちの社長になることが内定。で、俺が副社長。
猿田は自動車会社本体の営業本部長常務執行役員にもなる。弱冠28歳で。
もうアジャのパワー半端なさすぎ。
ハゲさんは、多分店辞めちゃうだろうな。