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杉下右京が大抜擢された! 2,423 文字

202X年2月22日、警視庁において2月25日、26日付けでの人事異動、並びに組織改変が発令された。警視庁慣例の春の定期異動だ。

概ねは予想通りのキャリア組の順当な昇格人事だったが、大きな驚きをもって受けとめられたのが、特命係(正式には警察庁長官官房付特命係警視庁預かり)の廃止と、杉下右京の大抜擢人事だった。
杉下は警部から二階級特進し警視正となり、総勢350名を従える捜査一課課長に大抜擢されたのだ。

杉下右京の昇進、異動に伴い、事あるごとに激しく特命係と対立し、やっかいもの扱いをしてきた捜査一課の伊丹、芦澤、出雲を含む複数名の刑事達は八丈島等の所轄へ転出することとなった。
出雲だけは古巣の白バイ隊に復帰する話も出たのだが、交通機動隊側が強い難色を示したという話だった。

杉下は、次の夏定期人事で、公安捜査庁から鏑木亘(元特命係)、警察庁長官官房付から神戸尊(元特命係)、警察学校から米沢守(元鑑識)を呼び戻し、杉下の脇を固める布陣とした。

ちなみに同じ夏定期人事では、杉下右京を変人扱いし20年間まったく評価しなかった刑事部長の内村警視長は東京パチンコ事業協会の理事として、参事官の中園警視正は東京船舶遊戯振興会の参与として、退任、転出した。

このドラスティックな一連の人事は、過去20年間における捜査一課が担当、解決した事件をAIで解析したところ、特命係が関わったほぼ全ての事件が、特命係、特に杉下右京による独自捜査、独自見解に基づき解決されていたことが判明した結果だった。
20年間もの間、杉下右京の類まれな捜査能力をまったく評価できず、また有効活用できなかったポンコツ幹部、捜査関係者は警視庁から一掃された。

杉下右京の昇進・異動に伴い、捜査一課が関わる事件では、その大小にかかわらず、一切の捜査会議が廃止された。
烏合の衆がいくら額を寄せ合って会議をしたところで、杉下の初期段階の推論にすら到達しえないからだ。
捜査一課の担当する事件ついては、全権を杉下右京に委任し、捜査情報を杉下に一極集中させ、杉下右京と側近4人組が立てる捜査方針に基づき事件解決を図ることとなった。

杉下右京が足繁く通う小料理屋「こてまり」が、自然と捜査一課幹部の打ち合わせ場所となった。
「こてまり」の使用人カイトくんは、特命係の元刑事甲斐享で、自身の起こした刑事事件での服役後に杉下右京の口利きで使用人としてここで働くことになったのだが、実質は杉下の命を受け秘密裏に捜査に協力する影の捜査一課メンバーとなっていた。
言うまでもなく、甲斐は父である警察庁長官官房付甲斐峯秋と杉下とのパイプ役も担っている。

杉下右京がトップとなった捜査一課の事件解決能力は、予想を遥かに超える凄まじいものだった。
都内で起きた殺人事件はほぼ一週間以内で解決されるようになったのだ。

杉下を始めとする特命係出身者には、事件は一週間で解決し、二週目には持ち越してはならないという暗黙のルールがあるようだった。
そのため亀山は本能のまま暴走し、鏑木は独自の人脈を駆使し、神戸は自身がかつて開発を進めた顔認識を搭載した巨大監視システムを勝手に使い、米沢は古巣の鑑識を動かし独自分析を行った。

約2年で、捜査一課が担当する殺人、傷害、強盗、強姦などの凶悪犯罪は、東京からほぼ無くなった。(そのかわり、さいたま市、川口市、川崎市、横浜市、相模原市等の隣県周辺都市部での犯罪率がは上がったのだが・・・)

杉下右京大抜擢人事の影響はそれだけではなかった。

杉下率いる捜査一課は、日本橋で起こった極左テロ爆破事件に絡んで、某国組織と野党リベラル政党の幹部との強い繋がりを白日の下のさらし、某国からリベラル政党へ、そしてリベラル政党から他の野党、支援団体へ流れたカネの流れも同時に明らかとしたため、日本の野党はほぼ崩壊してしまった。

無論、与党も無傷とはいかなかった。
北区赤羽で起きた強盗傷害致死事件をきっかけに、与党幹部の反社組織との強い繋がり、それに関連する女性問題、また特定企業や外国勢力との裏取引等が次々に暴かれ、自身の疑惑を追求された首相は辞任に追い込まれた。

一連の捜査にあたり、キーとなる諸外国のテロ・犯罪組織情報を捜査一課が入手できたのは、杉下と長く友好関係にあるスコットランドヤードからの惜しみない協力を得られたからに他ならない。

捜査一課の記者会見は、特に杉下の出席する会見は、当初はメディアにとって視聴率の取れる”美味しい”会見だったが、次第に恐怖の場へと変貌した。
会見は、これまでの報道内容を振り返り、報道内容と事実との違い、つまり報道の恣意的な切り取り、嘘、捏造を淡々と的確に指摘する杉下の独壇場となり、新聞、テレビの面目、信用は大いに失墜した。

杉下に繰り返し事実誤認、虚偽の指摘を受けている毎朝新聞、MBMテレビは、広告宣伝出稿数、スポンサー契約が激減しており、倒産はもはや時間の問題ではないかと言われている。

これだけ世間を賑わしている杉下右京だが、飄々とした物腰は特命係時代とまったく変わりはない。
常にサスペンダーとスーツ、ポケットチーフで、相変わらずアールグレイを高い位置からカップ注いて気取って飲んでいる。米沢とは落語の話で盛り上がり、「はい~?」、「おやおや」、「妙ですねぇ…」、「最後にもう1つだけ」、「僕とした事が!」、「迂闊でした」を連発している。
酢豚のパイナップルは相変わらず苦手だ。

そんな杉下右京にもまだ誰にも明かしていない隠し事が1つだけあった。
それは、最近駒込にできた小料理屋「花の里」に仕事終わりに通い出したことだ。
女将の宮部たまきは杉下の元妻だ。
石垣島で大麻取締法違反容疑で実刑を受け、出所後に杉下の援助を受け駒込で「花の里」を再度開くことになったのだ。

白木のカウンターに一人座り、熱燗を静かに傾ける杉下右京がいったい何を考えているかは誰もわからない。

静かに時が流れていくばかりである。

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マジバイ
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