【禍話リライト】水曜の回覧板

 今現在40代のAさんが大学生だった時に、変わったアルバイトをしたことがあるという。



 Aさんは田舎の方の出で、大学進学を機に初めて都会に出て一人暮らしを始めることになった。そういった新入生の補助のため、大学から住まい探しの手助けの案内もあったそうなのだが、Aさんは少しばかりの茶目っ気をだして自分で家を探すことにしたという。

 すると、ほどほどに古びた学生向けのアパートを運よく見付けることができたという。大家さんも結構さっぱりとした性格のおばさんで、Aさんはすぐに打ち解け、何度かお惣菜をくれることもあった。


 ある日の事。Aさんがいつものように大家さんに呼ばれて行ってみると、見知らぬ男性が隣に立っている。

「あら、そう言えば初対面だったかしら。こちらね、町内会長さん。町内会自体はもう機能してないんだけどね、何というかこの地域の顔役みたいな感じでね」

 紹介された会長さんは体格のがっしりした人だったそうだ。 

「どうもすみませんね」
「はあ……それで、何でしょうか?」
「実はですね、明日草むしりがありまして。元々は町内会でやってたんですけど、今言われた通りこの辺は老人ばかりで町内会も形骸化しててもう機能してないんですよ。
 でも草むしりやらなきゃいけない場所ってのはまだまだあって。それでお手伝いをお願いできますか」
「ああ、そういう事ならいいですよ!」

 Aさんが田舎に居た時は何度も草むしりをやっており、また事前の話から聞いていたよりは草の量が少なかったという事もあってか、Aさんは草むしりの手伝いで大活躍したそうだ。

「やっぱり若い人が居ると助かるわねー」

 そんな感じにおだてられて、Aさんも少しいい気分になったという。


 翌週の事。
 Aさんの部屋がノックされて出てみると、会長さんが立っていた。

「ああどうも。また何か力仕事の依頼ですか?」
「うーん、ちょっと違うんだけど…Aくんさあ、バイトしてみない?週に一回、水曜の夕方にすぐ終わるから。一回5千円で」

 短時間で終わって5千円とは中々に割のいい話だ。Aさんは素直に興味を惹かれた。

「いいですけど、いったい何するんですか?」
「そうだね、ちょっと話長くなるから、座って話して良いかな」
「ああ、いいですよ。どうぞどうぞお入りください」

 会長さんを家の中に上げて詳しい話を聞くことにした。


「うちの町内に昔から住んでいる人が居るんだけど、その人が回覧板はまだですか?って聞いてくるんだよね」
「回覧板、ですか?」
「そう。昔町内会がちゃんと機能してた時は回してたんだけど、町内会が機能しなくなっちゃってからは廃止にしたんだ。その人もその事はちゃんと知ってるはずなんだけど、定期的に今週の回覧板来てないですねえって。いつも水曜日に回ってきてたみたいで、水曜に来なかったですね、回覧板は廃止されましたよ、ああそうですかってやり取りを何度かやってて。
 まあ、うちに言いに来ている分にはまだ良かったんだけど、最近は他の家にも回覧板まだですか?って行くみたいでねえ。
 困ったなどうしようってなったんで、作りました」
「えっ?」

 会長さんは、ずっと手に持っていたバインダーをAさんに見せた。それは簡易的な回覧板で、印鑑を押す場所もちゃんとある。内容は今週のゴミ捨ては何曜日の何時ですというような、ありきたりなものだったそうだ。

「見ての通りの偽の回覧板なんだけど、これ持って行ったら納得するかなあって一度持って行ったんだよ。そしたらその週はうちに電話かかってこなかったし、他の人の所にもいかなかったみたいで。
 その人はご家族もいないようだし、これで満足するならって思ったんだけど、流石に騙すようで我々としても気が悪くてねえ。それで、面識のないAくんに頼もうかなって」
「えー……」
「5千円」
「5千円ならまあ、やってみようかな…」
「ありがとう!初回だけは一緒に行こうか」


 会長さんに案内された先は、ごく普通の一軒家だった。玄関のピンポンを鳴らして家の人の苗字を呼ぶ。

「はあい」

 お婆さんの声がして、玄関がガラガラと開いた。玄関には湯呑茶碗が置いてあり、お婆さんはその中に入れてあった判子を持ち出してから、偽の回覧板を受け取って読み始めた。

「はいはいはい。確かに読みました」

 特に大した事は書いてない回覧板を熟読して、お婆さんは判子を押した。

「ごめんなさいね、私足腰が弱くて。よろしかったらこれ、お隣さんに回してもらってもいいかしら?」
「ああ、はいはい。いつものようにしておきますから」

 ガラガラガラ

「これで終わり。この後はうちに持ってきてくれたらいいから」
「これで5千円ですか!」

 まあ人のためになりそうな事だし、これで5千円ならかなり破格のアルバイトだ。


 今にして思えば、この時に気付いていればよかったのだと、Aさんは言った。会長さんは、家から出てきたお婆さんの事を、何故か一度も見ようとはしなかったのだそうだ。
 ただ、この時は実は会長さんってシャイな人なのかな?程度に軽く考えていたという。


 翌週からはAさん一人で行くことになった。

 ピンポーン…「はぁい」…ガラガラガラ…

 先週と同じようなやり取りの後、恐らく内容も先週と同じなのだろう、作り物の回覧板をお婆さんは熟読して印鑑を押す。そのまま回覧板を受け取って会長さんの家に持っていくと、取っ払いで5千円を受け取った。

「これは美味しいな…」

 あまりにも美味しいバイト過ぎて、Aさんは大学の仲間にもこの事を自慢げに話したのだそうだ。

「それおかしくない?いくら何でも高すぎない?」

 周りからそういう声も上がったものの、Aさんは特に気にもしなかったという。



 このバイトを始めて3回目に持っていく日の前日に、Aさんは夢を見た。

 夢の中で、テレビの音がとても五月蠅い。何となく周囲の景色も家と違っていたそうなのだが、まだAさんは特に違和感を覚えていなかった。音源を探そうと廊下に出ると、地方のニュース番組の音量が一層大きく聞こえた。

「お爺ちゃん!テレビの音量でかいって!!」

 部屋に向かうとそこには誰もおらず、ただ点けっぱなしのテレビが最大音量になっていた。

(一体何だっていうんだよ………というかこの家どこだ?……そもそも俺、お爺ちゃんと一緒に暮らしたことないぞ?)

 急激に数々の違和感に襲われた所で、Aさんは目が覚めた。

(変な夢見たな…実家が恋しくなったのかな)

 もやもやしたものを抱えたまま、夕方になってアルバイトの時間になった。



 いつものように回覧板を持っていくと、今までとは違い玄関の引き戸が開いている。中を覗くと玄関と廊下が暗い。

「こんにちはー…あのー…ドア開いてましたよー…」
「あーちょっと待ってくださいねーごめんなさいね」

 奥からいつものお婆さんの声がする。何かの作業でもして手が離せないのだろうと思ったAさんは、言われた通り玄関で待つことにした。

 とは言え、手持無沙汰な状態で待つのも少しつらい。Aさんは暗い玄関を何とはなしに見ていると、いつも判子を取り出していた湯呑茶碗が目についた。中を覗いてみると、判子が3つ4つ入っている。

(判子って、こんなに必要か?)

 不思議に思って、中の判子を全て取り出してみた。


 永田、平野、佐々木、小島


 何故か書かれている苗字がバラバラだったそうだ。

 慌てて判子を全て戻し、玄関の表札を見るが、そこに書かれている苗字は今入っていた判子のどれとも違う。


 え、何これ気持ち悪い


 玄関先で混乱するAさんの耳に、家の中からテレビの音が聞こえてきた。それも、明らかに段々と大きくなってきている。地方ニュース番組のでかい音量が聞こえた所で、前日見たばかりの夢の内容が脳裏によぎった。

(これ、夢で見たよな…)

「ごめんなさいねーお待たせして」

 その時、ようやく奥からお婆さんがやって来て、回覧板を熟読して、判子を押した。家の表札とは全く違う苗字の判子を。


 Aさんはこの時点ではこれで今日も5千円もらえるという事実の方が大きかったそうなのだが、翌日になってやはり怖さと違和感が大きくなり、友人に相談することにした。

「だからそのバイトおかしいって言っただろ、その家は呪われてるんだよ」

 冗談とも本気ともつかない返しをされ、このバイト断った方がいいのかもしれないとこの時初めて思ったという。



 翌週。

 これまで毎週水曜日に取っ払いで5千円貰うのが習慣になっていたせいで、Aさんはその事を前提とした借金をしてしまったのだという。このため、どうしてももう一回だけ回覧板のアルバイトをする必要に迫られた。 また、一週間時間が空いて恐怖心が薄れていたというのもある。

(あれから変な夢も見てないし大丈夫だろ)


 Aさんが回覧板を持って行くと、先週と同じく玄関の引き戸が開いている。あれ、また開いてる…と警戒しながら家に近づくと、電気の点いていない真っ暗な玄関に、お婆さんが座って待っていた。

「えっ…あの…ええ……?」

 お婆さんは既に手に判子を持っている。

「今日もまたご苦労様です」

 お婆さんが回覧板を読んで判子を押すのを、Aさんは完全に上の空で見ていた。回覧板を受け取り、そのまま会長さんの家に向かって今日の分の給料をもらった後、このバイトを辞めることを伝えた。


「あのー…このバイトなんですけど、俺もうやりたくないんですよ。おかしいんですよ色々と」
「うーん、そっかあ…そうだよね。若い人でも平気じゃないよね、おかしいよね」
「そうなんですよ、おかしいんですよ!」
「そうだよねー……

 だいたい○○さんってさあ、一人暮らしの男性なのにね」

「えっ!?」


 Aさんは会長に今までの違和感や体験を全て伝えたかったのだが、会長の言葉を受けてそれ所ではなくなった。


「えっと…その…男性?」
「そう、男性なんだよ…」
「あの、それはつまり、再婚されたとか…そういう事ですか」
「うーん……Aくんさあ、玄関見た?」
「玄関はよく見てますけど」
「玄関にねぇ……男性の靴しかないんだよね」
「あっ、そういえば確かに…」


 Aさんと会長さんは、二人とも完全に黙ってしまったという。


「やっぱり断ろうか。回覧板自体を断る事にするよ。いや、今からは行かないよ、怖いし。明日の昼に行くから、Aくんも一緒に行ってくれないか、また5千円だすから」

 昼ならいいかとAさんは承知して、翌日昼11時頃に会長さんと二人で向かう事になった。



 家の近くの角を曲がった所で、既にテレビのニュース番組の音が大音量で流れている。恐らく家の窓という窓を全て開け放って、テレビの音量も最大にしているのだろう。

「これ完全におかしくなってませんか!?」
「えー…こんな事がないよう昼に来たのに…」

 そんな事を言いながら家に近づくと、テレビの音がピタッと止まった。

「止まりましたね…」
「人が通る気配がしたら止めてるのかねえ…」

 家の奥から初老の男性が出てきて、Aさんはギョッとした。会長の話を聞く限りではこっちの状況の方が正しいはずなのに、今までお婆さんとだけ面識があったせいでどうしても違和感があったそうだ。

「ああ、会長さんでしたか。すみませんねえ、ずっと体調が悪くて病院と家を行き来してましてねえ。家に居ても寝てばかりで、ご迷惑をおかけしましたねえ。何度もいらっしゃって頂いてたんでしょう?」
「え、ああはい!えっとですね、お電話で頂いた回覧板の件なんですけど……今は人も少なくなりましたし、やる意味もないのでね、やめようと思うんですよ!」
「ああ、そうですねえ。お爺さんお婆さんしか居ないですしねえ」

 思いのほか素直に中止を受け入れてくれて、二人とも若干拍子抜けしたという。

「じゃあ、また何かありましたらご連絡ください。それでは失礼しますね」

 とりあえず伝えたいことは伝えたため、そそくさと退散しようとする二人に、家主のお爺さんが声を掛けた。


「あのー…」
「まだ何かありますか」
「二人に聞きたいんですけど……あの女なんだと思います?」


 カラカラカラ……


 会長さんが無言で引き戸を閉めると同時に、「やっぱりそうですよね…」というお爺さんの呟きがドアの向こうから聞こえたそうだ。



 Aさんはそれ以降その家と関わっていないため、何だったのかは結局分からないという。ただ、最後の訪問の後、会長さんから「本当にごめんなさい」と1万円に増額したバイト代をもらえたそうだ。




※付記
本話は普段の配信と環境が違ったためか、話の途中でかなりのノイズが乗っていた。
かぁなっきさんが途中で機転を利かせ、「回覧板を届ける先の家の苗字」(当然仮名ではあったのだが)を完全に伏せることで、無事に最後まで語る事が出来た。
こういった経緯のため、本リライトでもそれにならって、「判子に書かれていた苗字」以外の苗字を一切出していない。
なお、話の道中とは打って変わってアフタートークでは完全にクリアな音声になった事も、あわせてここに記しておく。



出典
 【#裏バイト安定所】最恐Hellワーク part1【実話】01:46:00~(禍話(かぁなっきさん)の出番もこの時点から)


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