【禍話リライト】惨事の翌日
何事も信じ込んでしまうと良くない、そんな話である。
東北地方の、とある小学校での事だそうだ。
時代は1970年代ごろの、こっくりさんブームの丁度真っただ中だったそうで、
この小学校も全国の例にもれず、有名なこっくりさんの本を切っ掛けに、小学校全体でこっくりさんが一大ブームになっていた。
その中でも特にドハマりしている一団が居た。
この子たちはあまりにもオカルト方面にハマり過ぎていて、小学生ながら妙に難解な言葉を使い、例えばこっくりさんの結果の事を、「お告げ」どころか「ご託宣」などと言う風に表現していたらしい。
あまりの熱狂っぷりに、周囲の子たちは若干引き気味に見ていたそうだ。
ある時、この学年全体で遠足に行くという行事があった。
目的地は小学生の子供の足で行って帰れる程度の距離で、そんなに遠い所まで行くようなものではなかったらしい。
その遠足を前にして、例のこっくりさんにドハマりしていた子たちが、
「明日の遠足に行っては行けない!こっくりさんがそう言ってる!行くと大変な事が起きる、大惨事が起きるって!」
そう大騒ぎを始めた。
この一団の事を普段から遠巻きに見ていた、そこまでこっくりさんにハマって居なかった男子達は、遠足を前にしたこの大騒ぎには流石にムカついてきたそうで。
「お前らが行くのが面倒くさいからこっくりさんの所為にしてるんだろ?そういうの良くねえと思うぞ」
「今まで黙ってたけどさ、そもそもお前らのこっくりさんって当たってねえ事が多いのに無理やり解釈してたけどさ、結局は当たってねえって事じゃん」
普段はおちゃらけていた男子達だったが、あまりにもキレすぎたせいか、妙に理路整然と次々と論破していったそうだ。
この時、特にあれこれと多く詰問する形になってしまったのがA君で、
「例えば何月何日の時も明日は雨って言ってたけど結局降らなかったじゃん。それをお前らはなんだか良く分らない解釈してたけど、外じゃそんなの通じねえぞ」
「明日の遠足の事も、お前らが行きたくないって思ってる気持ちがそこに出たんだろ」
そう一気に捲し立てた。
A君の物言いに何も言い返せなくなったこっくりさんの子たちは、そのまま「うー…」と言いながら、すごすごと帰って行った。
それを見てA君も、(流石に言い過ぎたかな…)と内心反省していたそうなのだが、
教室に残っていた他の子たちも、普段の振る舞いには何かしら思う所はあったらしく、
「よくぞ言ってくれた!」
「あれはちょっとないよねぇ」
口々に言ってきたので、(皆の代弁したって事なら、可哀そうだけどそれはそれでいいか)とも思っていたらしい。
その日の夜の事。
『例の、こっくりさんの子達が、明日の遠足を休むことになった』
そういう内容の連絡網がクラスを回ったそうだ。
何でも、この学校の遠足は「全員が学校など一か所に集まってから出発する」という形式ではなかったそうで。
一定範囲の地区の子がその地区内の集合地点に集まって出発、その集団が段々と集合していって、最終的に一つの集団となって目的地に着く。
そのような一風変わった遠足だったそうだ。
そのため、誰それが集合場所に来なかったとしても、先に出発して構わない、そういう連絡だった。
何だかんだ言ってはいたものの、どうせあの子たちも結局は遠足に来るんだろう。そう思っていたA君は、本当に休むという事にちょっと驚いたらしい。
翌日。
遠足は特に大きな事故もなく、予定通り昼前には目的地近くにまで辿り着いたのだが。
目的地に近づくにつれ、引率の先生方がざわつき始めた。
「あれ、あそこに居るのは○○と××か?」
子供たちもつられて見ると、遠足を休むと言っていた例の子たち全員が、何故か目的地に揃って待っていた。
「え?なんで?休むって言ってたよね?それに何で先に来てるの?」
先に言った通り、この遠足の目的地は子供の足で行けるほどの距離なので、自転車だとかあるいはバスなどの交通機関を使えば、先回りできないという程でもない。
ただ、当時のA君の頭ではそこまで頭が回らず、とにかく自分達より先に来ているという事が不思議でたまらなかったそうだ。
なんで?と不思議に思いながらも徐々に近づくと、この子たちの様子がどうもおかしい。
出し抜いた形になったのだから、普通ならしてやったりといった表情を浮かべそうなものなのに、妙にのっぺりとした、能面のような無感情の表情でじっと立っている。
「お前たち、今日は来ないんじゃなかったのか?なんか具合が悪いって聞いているぞ?」
先生達も心配してあれこれ尋ねるのだが、それらを全て無視して、何故か自分たちだけで会話をしている。
「これで私たちは遠足に行ったことになるから大丈夫だ」
「私たちはノルマを達成した」
そんな良く分らない事を口々に言いあって、遠足に来た集団と入れ替わるような形で、みんな帰って行ってしまった。
子供たちどころか引率の先生達もこの状況には困惑してしまっており、呼び止める事もできず、そのまま見送ったそうだ。
「あ、帰っていく…」
「えっと……あの子たちは具合が悪くて今日の遠足は休みと……そういう話でしたよね?」
「意味がまったく分からない…」
目的地でご飯を食べている間も、当然ながら今起きた事に対する話――多くはひたすら困惑するだけ――で持ち切りになった。
「あいつらの事だからさ、あの後またこっくりさんをやって、行かないなら行かないで問題になるとでも言われたんじゃないの?」
子供たちの中でも一人、特に頭のまわる子がそんな事を言った。
「つじつま合わせとして、遠足には参加しないけどここには来たって、そういうこっくりさんの頭おかしい理屈なんじゃない?」
「ああ、それはあるかもしれないね」
ご飯も食べ終わって軽く遊んで、おやつの時間になった。
「まあ、大惨事も起きなかったしね」
先生の中の一人が、急にそんな事を言い出した。
恐らくは時計を見て、時間が三時だった事から連想したのだろう。
「そう言えば、元はと言えば何か大惨事が起きるとかいう話だったな…」
言われるまで誰も不安がるどころか、そもそもそんな事を思い出すことすらなかったそうだ。
すると、今度は大惨事という言葉の響きが妙に面白くなってきたらしく、やいのやいのと「大惨事」を元に言葉遊びが始まった。
段々とそれも落ち着いてきた頃合いに、今度はこっくりさんをやっていた子たちの事が段々と可哀そうになってきたらしい。
「昨日はみんなで馬鹿にしたり苛めるみたいな事になっちゃって、あれは良くなかったよな…」
「あんまり酷い事言うのはダメだよね」
(自分が言い過ぎたせいで、今日は意固地になっちゃったのかもしれないな。次に学校で会った時は、もっと優しくしてあげよう、謝ろう)
A君もそんな風に考えていたそうだ。
遠足の翌日は休みの日で、翌々日、休み明けの日の事。
普段はA君が朝一番乗りに登校する事が多く、そのため教室に登校してきた順に、この前はごめんねと、そう謝るつもりだったそうなのだが。
いつものように朝早く登校して、いつものように用務員さんに「おはようございます!」「今日も早いねえ」と挨拶を交わして、教室の扉を勢い良く開けた。
教室の中に、こっくりさんの子たちが全員揃っていた。
誰も居ないと思い込んでいた事もあって、A君は相当驚いたそうなのだが、その事以上に全員の服装が気になった。
全員、黒っぽい私服を着ていたそうだ。
「えーと、おはよう!あのさ!」
何とか声をかけてみたものの、皆こちらを完全に無視して黙っている。
うーんこれは一人じゃどうにもならないな…
誰か他の子が来てから、それから対処を考えよう。
諦めて自分の席に着くと、机の上に花が置いてある事にようやく気が付いた。
えっ!?と驚いて他の机を見ると、どの机にも花が一輪だけ置いてある。
どれも、葬式で見るような小さな菊の花だった。
前を見ると、教卓にも一輪置かれていた。
(自分達だけじゃなく先生も死んだって事!?)
えっ?えっ?とA君が動揺している内に、他の子が次々と登校してきたのだが、全員自分の机の上の花を見た瞬間絶句している。
「おい!なんだよこれ!」
中にはこっくりさんの集団に話しかける子も居たそうなのだが、やはり黙って無視されたらしい。
これは子供だけではどうにもならない、誰か大人の先生が来ないと…という空気になった。
隣の教室は普通に子供たちが登校してきて、徐々に賑やかになっていく一方で、この教室だけシーン…と静まり返っていた。
「あれ?なんでうちのクラスこんなに静かなんだ?」
ようやく担任の先生がやって来た。
「おはよう、皆どうした?ん?」
教室に入ってすぐに、先生は教卓の上の花とその意図に気が付いたらしい。
犯人と思しきグループの机以外の全ての机に花が置かれているのだから、犯人も一目瞭然だったのだろう。
「おい!何だよこれは!これはダメですよ!!皆に謝りなさい!!」
先生が相当な剣幕で叱ったにも関わらず、その子たちは声が全く聞こえていないかのように一切の無反応を貫いていて、却って先生は怒りを忘れて困惑していたそうだ。
「えっと、どうした?耳栓してる…わけじゃないよな?」
その時になってようやく、この子たちがずっとブツブツと何かを言っている事に、クラスの全員が気が付いた。
自然と教室の中も静まり返る。
銘々に何かを呟いているものだから、当初は何を言っているのかは全く分からなかったそうだ。
それでも何度か聞いている内に、徐々に何を言っているのかが分かった。
「構っちゃダメだ構っちゃダメだ」
「みんなあの事故で死んだんだから、今構ったら連れていかれる」
「先生!これもうダメです!」
ようやく内容を聞き取れたクラス委員長が思わず先生にそう訴えかけると、先生も同じくらいのタイミングで聞き取れていたらしく、大慌てで職員室に向かって他の先生を何人も連れてきた。
そして、先生達総出でずっとブツブツ言っている子たちを外に連れ出した。
「目を合わせちゃダメだ」
「死んでいる人だから」
その間もずっとそのような事をブツブツ言っているのを聞いてしまって、クラス全員がこの後どうなるんだ!?と騒然となった。
実際にどうなったかと言うと。
何とか開いていた空き教室にその子たちだけ隔離して、別の教室で授業を受けさせる事になった。
ただ、本来の学年の先生がその教室に入ると、『死んだ人』扱いになるのは変わらなかったという。
他の学年の、当日遠足の引率に行かなかった先生なら『生きている人』として対応したため、そういった先生や事務の人でローテーションを組んで、無理くり小学校を卒業させたらしい。
この子達が卒業した後どうなったのかまでは、A君始めクラスの子は誰もその後の事を知らないそうだ。
出典
シン・禍話 第四十三夜(一時間経過してからはディープな話です) 36:14~