【禍話リライト】カルボナーラマン

 20代後半の坂本さんという女性の方から聞いた、カルボナーラにまつわる体験談。



 坂本さんが働いている会社は、飲み会がよく開かれる職場だった。それも割と楽しい雰囲気の飲み会で、居酒屋などではなく社員の中の誰かの家でよく開かれていたそうだ。
 坂本さん自身も飲み会に何度も参加していたのだが、毎回先輩の家に押し掛けているのが段々と申し訳なくなってきたらしい。

「いつも先輩の家にお邪魔するのも悪いんで、たまには私の家で飲みませんか?私一人暮らしだし、防音もちゃんとしてるんで」

 勇気を出して誘ってみると、「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」と次の飲み会は坂本さんの家で開かれることがすんなり決まった。


 当日の飲み会も、いつもの飲み会と同じく楽しかったのは楽しかったらしいのだが。普段の飲み会は先輩の家で行われているという事もあって、坂本さんは、いつも酒量をセーブすることを心掛けていた。
 ところが今回は自分の家での開催で、しかも先輩たちが気を使って結構高いお酒を持ち込んでくれたという事もあって、この日は珍しく飲み過ぎてしまったらしい。

 やがて飲み会がお開きになって、玄関まで全員を見送ってドアを閉めた瞬間、坂本さんの緊張のスイッチが切れたのかいきなり酔いが回りだした。
 頭がぐるぐる、足もフラフラで寝室のベッドまで行くことすら心許ない。そのままリビングのソファーに倒れ込んで、ぐっすりと眠りに落ちた。


 ふと、何かを呟くような音で目が覚めた。

 まだアルコールの残った重い頭を持ち上げ、何だ~?と見回すと。
 ブツブツブツブツと何かをずっと呟いている男性の後姿が目に止まった。

(あれ?昨日誰かうちに泊まったっけ…?いや誰も泊まってないし全員帰ったよな…??)

 段々と坂本さんの意識がはっきりしてきた。
 男が台所で何かの作業をしながら、ずっと何かを呟き続けているようだ。

(誰かが料理作ってる……?というか、この人、誰?)

 ようやくはっきりした頭で台所を見る。
 全く見覚えのないスーツ姿の男性が、坂本さんに背を向けて、何かをブツブツ喋りながら、台所でカルボナーラを作っていたらしい。

(うわっ!!)

 声にならない声が出た。


「このタイミングで塩を一つまみ入れます。沸騰したら、パスタを鍋に入れて茹で始めます」


 誰かに今やっている料理の作業手順を説明するかのように、男はずっと喋り続けている。


(何!?誰この人……!?)


 男に気付かれないようにそっと寝たふりを続けた坂本さんだったが、内心では完全に混乱していた。
 頭を伏せたまま目だけで台所を見ていると、男は鍋とフライパンの間をちょこちょこと変な感じで動き回っている。その奇妙な動きに思わず男の足元に目を向けると、男は何故か片方だけスリッパを履いていた。
 それも何故か坂本さんの家にあったスリッパではなく、その男がどこかから履いてきたのだろう、ボロボロの動物スリッパを右足だけに履いており、左足は靴下が丸見えだったそうだ。

(えー何このスリッパ……というかこの人いつから居たんだろう?)

 坂本さんは昨晩の事を必死に思い返したが、全員を見送った所までは何とか思い出せたものの、肝心のドアに鍵を掛けたかどうかという事が思い出せない。
 坂本さんがあれこれ考えている間も、男はずっとカルボナーラの作り方を呟きながら料理を続けている。

(気持ち悪いなこの人、早く帰らないかな…)

 男を見ているのも怖くなった坂本さんは、ギュッと目を瞑って居なくなることを祈った。


 突然、男が黙ったという。

(あれ、なんか急に黙った?)

 火にかけた鍋やフライパンのぐつぐつジュージューという音は聞こえるものの、さっきまでずっと呟いていた男の声が聞こえなくなった。
 気になった坂本さんが薄目を開けて、台所の方をこっそりと見る。

 男は、坂本さんに背を向けたまま、包丁を手に持ったままブルブルブルブルと震えていた。

(うわっ怖い!何で震えながら止まってるの!?)

 再び目を瞑ってじっと耐えていると、また男が「この温度でもう少し茹でて、芯が残った状態で引き上げます」と言い始めたのが聞こえた。
 それからすぐにまた言葉が聞こえなくなり、まさかと薄目を開けて台所を見ると、やや半身の状態でやはり何かを手に持ったまま、男はずっとブルブルと震えている。


 そんな事を何度も繰り返していると、どうやらようやく男の料理が終わってペペロンチーノが完成したらしい。

(ああできたのか良かった良かった…いや良かったじゃないよ!これからどうなるの!?)

 男はカルボナーラを食卓まで運び、そのままテーブルの上に置いた。

(このまま自分の所に来たらいやだなー…絶対にこっちに来ませんように!!)

 坂本さんの願いが通じたのか、男はそのまま食卓に座った。どうやらそのまま自分で食べるつもりらしい。
 状況は何も好転してはいなかったものの、坂本さんはとりあえず胸をなでおろしたそうだ。


(そういえば、この人フォークもスプーンも持ってないけどどうするんだろう…)

 男はアツアツのカルボナーラに手を突っ込んで、そのまま手づかみで食べ始めた。
 出来立てのカルボナーラがよほど熱いのだろう、へぁ!へぁ!と我慢するような声をあげてまで手で食べている。
 そんな有様だからスーツにもソースがこぼれて汚れているのだが、男にそれを構う様子は見られない。
 途中からは両手を使い、最後は顔を皿に突っ込んで犬のように食べ始めた。麺を全て食べ終えると、皿を持ち上げてベロベロとなめまわしてまでいる。


 ようやく料理を全て食べ終えた男は、勢いよく皿を机に置いて、

ごちそうさまでした!!!

 大きな声でそう言って、そのまま坂本さんの家から出ていった。


 男が出ていったのを確認した瞬間、坂本さんは飛び起きてドアの鍵を急いでかけた。

「うわー怖かった……」

 坂本さんは今起きたことが全て夢だと思いたかったそうなのだが、台所の料理の跡も、食卓の上の食べ痕も、全てはっきりと残っている。
 この時点で、本当は警察にすぐに通報すべきだったのだろうが、危機を脱した安堵感と二日酔いのぶり返しから、坂本さんはまたソファーに倒れ込んでしまったらしい。


 昼前になってようやく目が覚めた。

 やはり男が料理をして食べた痕跡が残っている台所や食卓を見ながら、これは警察に行くべきか、それとも管理人にも連絡すべきか。
 そんな事をぼんやり考えながら無意識のうちに携帯を開くと、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。

 ひょっとして昨夜の飲み会で誰かとメアド交換でもしたのかな、でも名前登録していないのは変だな…

 不思議に思ってメールを開く。


件名:なし
本文:にいさ が ごめいわく を おかけしました


 誰!?


 怖くなった坂本さんは、そのまま携帯を持って警察に駆け込んだらしい。

 警察が捜査してくれたお陰か、はたまたすぐに携帯を解約したのが良かったのか、それ以来坂本さんの周りでは特に何も起きてはいないそうだ。



出典
元祖!禍話 第六夜 これが真のストロングだ 1:07~

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