例えばアンティークを愛でてみる#1
こちらは、私の経営するビンテージショップで取り揃えているアンティーク服の一部です。フランスで19世紀後半~20世紀初頭に使用されていたムッシュシャツや少女用のブラウス・部屋着などを買い付けることが多いです。
特別 上流階級の人たちの物だったわけではないので、ひと昔前はヨーロッパ各地の蚤の市などで比較的安価に見つかりやすく、このジャンルに特化したヴィンテージショップもありますし、コアなお客様がいる古着屋さんには数枚単位で取り扱いのあるような人気のアイテムです。(最近ではヨーロッパでもめっぽう希少性があるため決して安価な商品ではないです)
1世紀も前の遠い国の服…たいていのお客様はそのワードで、この服たちの価値をなんとなく理解してくださいます。
そこからさらに興味を持ってくださった方は、女子の特権である「かわいい気持ち」をかき立てる服たちに見入って下さいます。
細かなクロスステッチでイニシャルが刺繍されているものはオーダーメイドだった背景が覗えますし、手縫いでサイズ直しや補修跡のあるものを見ると長く大切に着るものだったんだなという生活が覗えます。
もう、本当に嬉しい。ふらっと当店に立ち寄って、何の気なしにこの服をみて「あ、なんかかわいい」。ってそれだけで有難い。更には妄想をめぐらせ一緒に愛でてくれたりなんかしたら心から拝みたい気持ちになるのです。
そしてここからは、別に知らなくてもいいことなんですが、私が古い服に惹かれるディティールの一つとして"ステッチ”があります。現代のような電動ミシンが一般になる前、個人で作られていた服は手縫いか足踏みミシンです。
こちらのステッチピッチ、なんと48針/3㎝。(3㎝間に48針落ちているという事) 私の経験上、現代の一般的な商業服の運針は大体12~15針/3㎝です。デニムなど太い糸を使うものだと9針くらいになります。※針数が多くなる程ステッチが細かくなる。
理由は単純にこのくらいの針数が一番ミシンの調子が合わせやすいですし、見た目も癖なくきれいに見えるからです。要するに、現代の工業用ミシンではこれが一番縫いやすいのです。
そこで、当店にございます職業用ミシン(ポジション的に家庭用ミシンと工業用ミシンの間くらいのやつ)で一番細い糸と針を使用しピッチを最小のメモリにしますとどれくらい細かいピッチになるのだろうと縫ってみました。
25針/3㎝でした。十分すぎるくらい細かいです。それでもアンティーク服はおよそ倍近く細かい針目。
そしてやはり糸調子を合わせるのが難しいです。どこかで糸が浮いたり生地を引いてしまったり、現代の商品基準にすると「B品」となってしまいます。何よりも、全然縫い進まない。要するに、とても効率が悪いのです。現代の商業服のように、同じ型を一度にたくさん、そしてできるだけ早く生産しなければいけない(した方が良いとされる)世界においては現実離れした仕様だということです。
不可能なわけではないけれど、私がデザイナーでどうしてもこの運針数で商業服を作りたいと言いだしたならば、分厚い壁が何層にも立ちはだかるでしょう。工場・コスト・納期…それらを突破していくためには「どうしてそこまでして細かい運針でなければいけないのか」ということを関わる全ての人に納得してもらわなければいけない相応の熱量。考えただけでもやりたくない。仮に私が縫製工場の工員だとして、そんな指示がきたら特別手当を請求します。
現代の服が手抜きされているという事では決してございません。むしろ、いかに早く手に取りやすい値段でより多くの方に届けられるのかという点が考え抜かれた商品です。当たり前ですが運針数が細かければ良いのかということでもございません。
ただただ単純に、現代では簡単に再現できるものではないという事実だけです。「古い服だから」ということの向こう側にある価値を少しでも感じていただけたなら、もっともっと「かわいい」が広がると思います。
後編につづく。