科学と物語とをつなぐ言葉
科学と物語とをつなぐ言葉をずっと探してる。
それらは「理性」と「感性」と言っても良いかもしれない。私はその両方に助けられて生きてきたけれど、バランスがわるいときは、その両者の極端な力に引き裂かれそうになる。所謂「文系」の人は、科学が苦手または嫌いなのだろうか?「理系」の人は、国語が苦手または嫌いなのだろうか?両者の役割は別物、だろうか。両者をつなぐ言葉を、探したい。まずは、自分の小さい頃を振り返ることから。
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最初は、「物語」の記憶。
私には小さい頃、幼稚園に入る前だから、おそらく2〜3歳くらいの頃。「イマジナリーフレンド」がいた。
(「イマジナリーフレンド」とは、「空想の友人」のこと。心理学や精神医学で定義され、議論されている概念らしい。私にとって小さい頃、一緒に過ごした「友人」が、この「イマジナリーフレンド」というらしいことは、ずっと大人になってから知ったことだけれど。)
私の「イマジナリーフレンド」は、3人。ひろしくんと、なみちゃん、そしてもう1人男の子がいたのだけれど、どうしても名前を思い出せない。
ひろしくんは、力持ちで、よく石を運んだり、スコップで何か作業をしていた。なみちゃんともう1人の男の子は、ひろしくんの後ろに付いていて、いつも3人で列になって歩いていた。
3人ともすごく小さくて、私はしゃがんだり、寝そべったりして3人と話をしていた。3人には、家の裏庭にあった鍵のついた戸棚の前でよく会った。積極的な「友人」というよりも、私はその3人を少し外から眺めて、時々話をする、といった感じだった。
3人が楽しそうに並んで歩いたり、石を運んだりするのを、私はなんだか嬉しくてずっと見ていた。
3人に会うのは、いつも家の裏庭だったけれど、何度か私の枕元にも来てくれたことがある。私はうつ伏せになって、枕の縁を歩く彼らの姿を見ていた。電気を消されると何だか寂しそうにしていたような気がする。
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幼稚園に入る前の私は、近所にお友達がいなくて、そして、この目に見えない「友人」のことをしきりに話すものだから、両親は心配をして、年少組から私を幼稚園に入れたらしい。
幼稚園に入ってから、家の裏に行くと、変わらず3人はいた。大きな石を運んだり、スコップでなにか作業をしていた(この記憶ばかりだ)。私も一緒に石を運んだり、3人が列になって歩く、その隣に付いて歩いた。私は、幼稚園に行くことになったことを3人に話したのだと思う。3人は、ずっと変わらず、そこにいてくれた。
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3人と会ったのは、いつが最後なのか。もう私には思い出せない。少し大人になってから、父親から見えない友人と話をしていたことを聴いて、私は3人の「友人」ことを思い出した。
私の心の中に今も残るのは、家の裏庭にあった鍵のついた戸棚。その前を並んで歩く(ひろしくんが必ず先頭)、3人の姿。そして、その3人をしゃがんで見ていて、時々一緒に歩く、子供の頃の私だ。
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「物語」の言葉を探す記憶を辿りながら、書いてみた。幼稚園に行くようになってから、3人がいるところに行ったことを思い出し、書いていると、何故だか泣けてしまった。
書いているとき、3人のことを思い出すときは、何だか内側から蘇る感覚が身体を包み、心地よかった。私が最初に作った「物語」の原点なのかもしれない。
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