終末期のモルヒネ持続点滴の誤解とご家族への正しい説明の仕方【医】#40
こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。
緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。
今日のテーマは「モルヒネ持続点滴は鎮静のため?」です。
動画はこちらになります。
がんの終末期において、疼痛や呼吸困難の症状緩和のために、モルヒネの持続点滴はよく使われます。しかし、医師がモルヒネの持続点滴を開始する時に、患者さん・ご家族に「鎮静します」と説明している場面をよく見かけます。
そのことで、患者さんが亡くなった後、ご家族がとても後悔し、何年も苦しむ結果になることがあるのです。
今日は、なぜ「鎮静します」と言ってモルヒネ持続点滴をしてはいけないのかについてお話します。
この記事の最後に、症状緩和のためにモルヒネ持続点滴をする際、どのように患者さん・ご家族に説明すれば安心してもらえるのか、私がいつもしている具体的な説明もお話しますので、ぜひ最後までご覧ください。
今日もよろしくお願いします。
モルヒネ持続点滴は鎮静ではない
まず、始めにとても大切なことをお話します。
それは、モルヒネ持続点滴は鎮痛・呼吸困難の症状緩和のために行うもので、鎮静が目的ではないということです。
ところが終末期にモルヒネ持続点滴をする際、患者さん・ご家族に「鎮静をします」と説明する医師を私はよく見かけます。
なぜ彼らは、モルヒネ持続点滴をご家族に「鎮静である」と説明するのか、私は長い間不思議に思っていました。
先日、ご家族にモルヒネ持続点滴を「鎮静である」と説明した若い医師に、理由を聞いてみました。
すると彼は、「以前終末期のがん患者さんに、モルヒネの持続点滴をしたら、意識障害を起こしてしまったことがあるんです。でも、患者さんはそれで楽になりそのまま亡くなりました。それ以来、終末期にモルヒネを使うときは、鎮静して楽になりますよ、と説明しているんです。上司も、終末期のモルヒネ点滴は鎮静だと説明していましたし。」と言いました。
確かにこのように思われる先生方は多いかもしれません。
モルヒネは疼痛や呼吸困難の症状緩和のために用いますが、患者さんが終末期で呼吸不全の状態だと、CO2ナルコーシスになり意識が低下することがあります。
この時、意識が低下して、患者さんが楽になるため、医師にとってはモルヒネ注射で「鎮静」され、苦痛が取れたと思ってしまっても無理のないことだと、私は思えました。
しかし、緩和ケアでは、終末期にどんな治療をしても取り切れない苦痛を取るために、鎮静薬を用いて寝かせることによりその苦痛を取ることを「鎮静」と言うのです。
「鎮静」は症状緩和のひとつの手段なのです。
一方、モルヒネ持続点滴は疼痛や呼吸困難の症状緩和のために行うものです。鎮静が目的ではありません。
モルヒネ持続点滴の目的を正しく理解し、鎮静と区別してほしいと思っています。また、モルヒネの持続点滴を開始する時に、患者さん・ご家族に「鎮静します」と説明してはいけません。
なぜモルヒネ持続点滴を鎮静と説明してはいけないのか
ではなぜモルヒネ持続点滴を鎮静と説明してはいけないのでしょうか。
それは、患者さん・ご家族がこれからお話するような誤解をし、後の遺族の悲嘆・後悔が大きいものになるからです。
モルヒネが、がん性疼痛に使用する医療用麻薬であることが認められたのは、比較的最近の1980年代です。それまで、モルヒネは麻薬で恐ろしい薬であると、多くの人は理解していました。それゆえ、一般の人たちの間には、今でもモルヒネに対する誤解や偏見が残っています。
モルヒネに対する誤解は次のようなものです。
けれども医療用麻薬として使う場合、これらのことが誤解であることは、医学的にも証明されています。しかし、まだまだ一般の人々には浸透していないことも事実です。
ただ、皆さんもご存じの通り、がん性疼痛や呼吸困難の症状緩和にモルヒネはなくてはならない重要な薬なのです。モルヒネがどのように誤解されているかは別の記事(#164)でも詳しくお話しています。
また、鎮静も多くの方に誤解されています。それは「鎮静は命を縮める」というものです。しかし、鎮静で命が縮まることはありません。これも、エビデンスがあります。ただ、まだ十分に知られていないのが事実です。
私は遺族外来で、
「モルヒネのせいで頭がおかしくなって、そのまま亡くなってしまった。」
「鎮静を選択したせいで、母の命を縮めてしまった。」
といった遺族の声を本当によく聞きます。そして誰にも言えず長い間苦しんでいた人も多くいました。
彼らは、「大事な人の最期にモルヒネという恐ろしい薬を使って苦しめ、鎮静して命を縮めてしまった、そんな選択はしなければよかった」と思っているのです。
医学的に正しく理解していないために誤解し、そのことが遺族の悲嘆、後悔を大きくしているのです。
私の遺族外来で、遺族が話してくれれば、私が誤解を解くことはできます。しかし、誰にも言えず、一人で苦しんでいる人は今も日本中に大勢いるのです。
「モルヒネを使って鎮静します。それで意識は落ちますが、患者さんは楽になりますよ。」とだけ説明をするのでは、ご家族は誤解をしてしまうことになります。
先生方には、モルヒネは何のために使うのか、鎮静とは違うということを説明していただきたいと思います。
これらの正しい医学的知識を伝えることで、患者さん・ご家族に安心してモルヒネを使ってもらうことができるのです。
モルヒネ持続点滴開始時の私の説明の仕方
それでは、私がモルヒネ持続点滴を終末期に始めるときに、どのようしているのかについてお話します。
終末期にモルヒネ持続点滴を開始するときは、多くの場合、呼吸困難症状が悪化した時です。そして呼吸不全も合併している時も多いのです。
その場合、先ほども申し上げたように、モルヒネを使用するとCO2ナルコーシスになり意識が低下する可能性が高いといえます。
モルヒネの開始時期をできるだけ早いうちにすることがまずは重要ですが、そうはいかないときもあります。
そんな時、私はご家族に率直にお話します。例えばこのように話します。
「患者さんは今、呼吸困難で苦しい状態です。この症状を取るためにモルヒネを使おうと思います。モルヒネと聞いて驚かれるかもしれません。モルヒネと聞いて、どんなイメージがありますか?」と聞いて、イメージを言ってもらいます。
例えば、悪いイメージを持っていたとすると、
「そうですよね、でも今はそんなことはありません。モルヒネは最期に使う薬ではありませんし、正しく使えば、頭がおかしくなることや依存は起こりません。ですから安心してください。
今、患者さんは肺が悪くなって呼吸不全の状態です。呼吸困難の症状が悪化し、浅く、早い呼吸になっています。モルヒネを使うと、深くゆっくりとした呼吸になり、呼吸が楽になります。しかし、モルヒネでゆっくりした呼吸になると、身体の中にたまった二酸化炭素を外に出すことが難しくなります。
呼吸とは、酸素を吸って二酸化炭素を出すことですよね。二酸化炭素を外に出せなくなると、身体の中に二酸化炭素がたまります。
呼吸不全が強い時にモルヒネを使うとCO2ナルコーシスという状態になることがあります。CO2ナルコーシスとは脳の中に二酸化炭素がたまり、意識が低下することです。CO2ナルコーシスの状態では、患者さんは苦しくありません。ただ、CO2ナルコーシスになるということは、呼吸不全が悪化しているということですから、命の危険も差し迫っているということです。最期まで会話ができずに、亡くなるリスクはあります。けれども、モルヒネを使わなければ、呼吸困難を取ることができず患者さんの苦しみを取ることができませんし、苦しみながら亡くなってしまう場合もあります。
残念ながらモルヒネに代わる薬は今のところありません。もちろん、CO2ナルコーシスにならないように、細心の注意を払いながら少しの量からモルヒネを使っていきます。しかし、そのようなリスクがあることを知っておいて欲しいのでお話しました。いかがでしょうか。」
と私は説明しています。
このような説明でほとんどの患者さん・ご家族は納得してモルヒネを使うことに同意されます。もちろん、納得して同意されたご家族がモルヒネを使ったことで後悔することは私の経験上はありません。
モルヒネの持続投与の具体的な方法については、過去の記事でも詳しく解説していますので、これも参考になさってください。
緩和ケアにおける鎮静とは何なのか
最後に、緩和ケアにおける「鎮静」とは何なのか、についてお話します。
「鎮静」とは、終末期に耐えられない苦痛を取るために、鎮静薬を用いて寝かせることにより苦痛を取ることをいうのです。
症状緩和をしても、どうしても和らげることのできない苦痛が残ることもあります。そういう時に鎮静薬を使って、患者さんの意識を低下させることで、苦痛を和らげる方法が「鎮静」なのです。
「鎮静」とは、終末期に治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的にして、鎮静薬を投与することです。症状緩和のひとつの手段であることを知ってください。
モルヒネによる意識低下は、モルヒネを使ったことによる副作用のCO2ナルコーシスによるものなので、鎮静とは区別しなければなりません。
鎮静についての詳しい動画(#103、医#4、医#5)を、概要欄に挙げておきますので、ぜひ参考になさってください。
緩和ケアにおける「鎮静」は、手術で麻酔をかけたり、精神病の患者さんの興奮を抑えたりするような「鎮静」とは別物であることを理解してください。
モルヒネ持続点滴、あるいは鎮静について正しく説明し、患者さん・ご家族を安心させてあげてください。
あなたに伝えたいメッセージ
今日のあなたに伝えたいメッセージは
最後まで読んでいただきありがとうございます。
私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。
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