患者さんからのスピリチュアルペインへの具体的な対応を緩和ケア医がお伝えします【医】#44
こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。
緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。
今日のテーマは「スピリチュアルペインにどう答えるか」です。
動画はこちらになります。
あなたは、自分の死に向き合わざるを得なくなった患者さんから、答えにくい質問をされたことはありませんか?
「なぜ私はこんな病気になってしまったの?」
「死んだら私はどうなるの?」
「家族を残して死んでしまうことを考えると、すごく苦しい。この気持ちはどうしたらいいの?」
あなたはこんな質問をされた時、どうしますか?
今日は、スピリチュアルペインにどう答えるかについてお話します。
この記事は、がん患者さんを受け持つ医療者、スピリチュアルペインにどう対応すればいいのだろうと思っている方、これから医師や看護師を目指している方にぜひ見ていただきたい記事です。
今日もよろしくお願いします。
スピリチュアルペインには答えられなくてもいい
私たち医療者は、患者さんが訴える苦痛を何とか緩和したいと思い、努力しています。
緩和ケアでは、患者さんが訴える苦痛を4種類に分類します。身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、そしてスピリチュアルペインです。
この中で、スピリチュアルペインは、簡単には答えの出ない問題です。スピリチュアルペインとは、死に直面した時、自分の存在意義が揺らいだ時、さらには自分の自律性が喪失しそうになった時、表面に浮き上がってくる苦痛です。
「なぜ私はこんな病気になってしまったの?」
「死んだら私はどうなるの?」
「家族を残して死んでしまうことを考えると、すごく苦しい。この気持ちはどうしたらいいの?」
さらには、「昨日はひとりでトイレに行けた。でも今日は誰かに支えてもらわないといけなくなった。こんなの自分じゃない。何でこんな状態になってしまうの?」
これらの問いには、簡単に答えが出せません。そして、その問いが私たちに向けられた時、安易には答えられません。
患者さんからスピリチュアルペインを聞いたら、ぜひ一緒に苦悩を共有しようとしてみてください。なぜならスピリチュアルペインは、人間なら誰しも持っている共通した苦悩だからです。
しかし、わかったふりをしてはいけません。簡単にわかるものではないからです。
医療者が患者さんのつらさをわかろう、理解しようとする態度が、患者さんを癒すのです。
スピリチュアルペインのケアのポイント
それではスピリチュアルペインのケアの具体的なポイントについてお話します。
まず大事なことは、「スピリチュアルペインを何とかしなければいけない」と思わなくていいということです。
スピリチュアルペインは簡単には答えが出ない苦しみです。
医療者側が「そんなこと私に言わないでよ。」という思いでいると、患者さんはがっかりするでしょう。なぜなら、スピリチュアルペインは誰にでも打ち明けられるようなものではないからです。
あなただから患者さんは、特別な自分の苦しみを打ち明けたのです。「大事なことを私に話してくれてありがとう。」という思いで話を聞いてください。
スピリチュアルペインを患者さんから聞いたら、まず受け取り、受け取ったことを相手に示しましょう。「大事なことを言ってくれましたね。○○ということがあなたはおつらいのですね。」と患者さんの言葉を受け取ってください。
スピリチュアルペインは単純なものではありませんが、分かったふりをせず、真摯に向き合うと、それだけで患者さんは「ああ、わかってくれたんだ。」と安心します。
次に、自分が患者さんの立場ならと考えてみてください。
自分自身が病気になっていなかったとしても、いずれ自分も死に向き合わなければならなくなります。若い医療者には、想像することも難しいかもしれません。しかし、そのような時には患者さんから教えていただくという態度を持つといいと思います。常日頃から、自分自身のスピリチュアルペインに向き合うことは、とても大切なことです。
それと同時に、患者さんが身体症状・精神症状の緩和がなされているかを確認することも大事なことです。なぜなら、身体症状・精神症状の緩和がなされていないと、患者さん自身がスピリチュアルペインに向き合えないからです。
患者さんがさらに深く話してくれたら、患者さんのスピリチュアルペインをじっくり聴いてください。その際、良いとか悪いとかジャッジしないこともとても重要です。簡単にわからなくて当然です。患者さんに向き合い、患者さんのつらさを理解しようとする真摯な態度こそが大事なのです。
その後、チーム内でその事を共有しましょう。
患者さんはとても大切なことを言ってくれました。チーム全員が患者さんを深く理解し、患者さんのケアに繋げるためにもチームで共有することは大切です。その時に患者さんには「あなたにとってとても大切なことを言っていただきました。これをチームのみんなで共有させていただいてもよろしいですか?」と聞いて患者さんの許可を得てください。
ここでお話したことは、本当に大切なことですので、ぜひあなた自身も深く考えてみてください。
私が経験したスピリチュアルペインのケース
最後に、私が経験したケースをご紹介します。私がホスピス医をしていた頃の、40代の女性の卵巣がんの患者さんの話です。
彼女はホスピスに入院してきた時には、がんは腹部全体に広がり、強い腹痛と嘔吐で苦しんでいました。私はオピオイドの点滴、ステロイドなどの投与を行いました。すると彼女の苦痛は取れ、少し食事ができるようになりました。彼女に笑顔が戻ってきました。
ある日の夕方、いつものように私が一人で彼女の部屋に回診に行った時のことです。症状などの問診をし、診察をして「それじゃあ、また明日」と言って帰ろうとした時、「先生、死ぬことが怖い。家族を残して自分が先に逝ってしまうのが悔しい。」と彼女が私に話しかけてきたのです。
彼女の残された時間はあと1~2週間くらいだと私は思っていましたし、彼女自身もそれを理解していました。そして、彼女の痛みなどの症状の緩和はできていて、精神的にも安定していることは知っていました。これはスピリチュアルペインの表出だな、と思いました。
そしてその時、彼女の立場になって考えてみました。彼女には、14歳の娘さんと10歳の息子さんがいました。私にも同じような年頃の子どもがいましたので、自分が患者さんの立場であっても、本当に悔しいだろうなと思いました。
そう思って彼女に「家族を残して先に逝くっていうことは、本当に悔しいですよね。」と言いました。すると彼女は、「本当に悔しい…。そして寂しいです。」と泣きました。
しばらく沈黙がありました。そして、少し時間がたって、彼女が落ち着いてきた頃、普段から考えていた死生観を彼女に話そうと決め、「今から医学的ではないお話をします。」と前置きして話し始めました。
「私は死後の世界はあると思います。なければおかしいと思います。なければ、人は何のために努力し、成長するんだろう。それは、心、つまり魂を成長させるためだと思います。
この世は魂の修業の場、自分自身を成長させる場所だと思うんです。私たちは、この世に、自分自身を成長させるための問題集を抱えて生まれてくるんです。そして、この世で自分自身の人生の問題集に真摯に取り組めた人は、きっと天国に行けるんだと思うんです。」と私は彼女に話しました。
彼女はしばらく黙っていましたが、「私も天国に行けるかな。」と言ってきました。
「もちろんです。だって、ご主人と一緒に、2人の子どもたちを立派に育てたじゃないですか。いずれご主人も、子どもたちも、私だってみんな向こうの世界に行きます。一足先だけど、見守りながら、みんなが来るのを待っていてくださいね。」と私は答えました。彼女は無言でしたが、笑顔で答えてくれました。
翌朝のカンファレンスで、彼女には許可を取って、昨日の彼女との会話をチームで共有しました。その後彼女は、看護師にも色々話をしてくれるようになりました。
彼女は子ども達に何か残したいと看護師に相談し、子ども達への誕生日プレゼントとして手紙を書くことにしました。成人するまでの毎年の分を、亡くなるまでの時間を使って書き上げたそうです。
スピリチュアルペインは、周りが簡単に答えられることではありません。しかし、だれもがいつかは直面するものでもあります。
医療者のあなたも例外ではありません。しかも、医療者は他の職業よりもスピリチュアルペインに接する機会が多いです。
ですので、あなたにはぜひ普段から、自分のスピリチュアルペインに向き合い、自分なりの死生観をもっていただきたいと思います。このことが必ず患者さんを助けることになるのです。
この記事が、あなたの死生観を考える機会になれたらうれしいです。
あなたに伝えたいメッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございます。
私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。
このnoteでは緩和ケアを皆様の身近なものにして、より良い人生を生きて欲しいと思い、患者さん・ご家族・医療者向けに発信をしています。
あなたのお役に立った、と思っていただけたたら、ぜひ記事にスキを押して、フォローしてくだされば嬉しいです。
また、noteの執筆と並行してYouTubeでも発信しております。
患者さん・ご家族向けチャンネルはこちら
医療者向けチャンネルはこちら
お時間がある方は動画もご覧いただき、お役に立てていただければ幸いです。
また次回お会いしましょう。さようなら。
ここまでお読み頂きありがとうございます。あなたのサポートが私と私をサポートしてくれる方々の励みになります。 ぜひ、よろしくお願いいたします。