がん治療中の食欲低下:アセスメント・治療法・コンサルトについて詳しく解説します【医】#25
こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。
緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。
今日のテーマは「抗がん剤治療中に起きる食欲低下」です。
動画はこちらになります。
抗がん剤治療中の患者さんに食欲低下が起こった場合、抗がん剤の副作用だと考える人は多いかもしれません。また、副作用による食欲低下は仕方がないと思い、患者さんに我慢してもらうことも多いのではないでしょうか。
がん患者さんの食欲低下を放置しておくと、QOL・ADLがどんどん悪化し、体力がなくなり、抗がん剤治療の中止につながることもあります。しかし、治療中のがん患者さんの食欲低下には原因が様々あり、改善できることが実は多いのです。
今日はがん患者さんの食欲低下とその対処法についてお話します。
この記事を見ることで、食欲低下の原因を正しくアセスメントし、自分で治療できるものと、コンサルトしなければいけないものが区別できるようになりますので、ぜひ最後までご覧ください。
今日もよろしくお願いします。
食欲低下の多くは改善できる!
結論から申し上げます。
抗がん剤治療中の食欲低下の原因は、抗がん剤の副作用だけではありません。
がん治療中の患者さんの食欲低下の原因には様々な理由があり、それを放置しているとさらに食欲低下が悪化し、患者さんのQOL・ADLの低下をきたすことになります。
抗がん剤治療しているのだから食欲低下は仕方がないと思って、そのままにしないでください。
食欲低下が悪化すると、体力、気力も落ち、抗がん剤の副作用も強く出るようになります。その結果、抗がん剤治療の継続ができなくなることもしばしばあります。
したがって、がん患者さんに食欲低下が現れた時には、できるだけ早く、その原因を突き止め、治療する必要があるのです。
先ほど申し上げたように、食欲低下を起こす原因は、様々に存在します。しっかりと鑑別診断をして、その原因を見つけてください。そのうえで、自分でできる対処があればしてほしいと思います。
自分でできないと思った時は、専門家に相談、あるいはコンサルトできるようになってください。食欲が元に戻り、元気になった患者さんの笑顔を取り戻しましょう。
がん患者さんが食欲低下を起こす原因として次のようなものが考えられます。
1. 薬剤性(抗がん剤・医療用麻薬)
2. 身体症状(疼痛・呼吸困難・便秘)
3. 高カルシウム血症などの電解質異常
4. 脳転移などによる脳圧亢進
5. 悪液質
6. 機能性ディスペプシア
7. 抑うつ
この7つが挙げられます。
後で詳しく解説しますが、このうち1~4については、治療医の先生で対処できると思ったら、対処していただきたいと思います。もちろん難しいと感じたら緩和ケアチームなどに相談してください。
5の悪液質は進行がんの患者さんに非常によく起こる症状であり、治療中の患者さんにも起こります。悪液質による食欲低下は改善が難しいですが、対処法がないわけではありません。
後でも申し上げますが、多職種による介入により、改善できる場合があることも知っておいて欲しいと思います。
専門的緩和ケアに紹介すべき症状としては、6の機能性ディスペプシアと、7の抑うつがあります。
機能性ディスペプシアという疾患自体、あまり聞いたことがない先生方もいるかと思います。これも後で詳しく述べますが、原因がはっきりしない、あるいは複数の原因による、腹部の不快感、痛みや食欲低下などの消化器症状を呈する症候群です。
対応はケースバイケースなので、消化器内科、あるいは緩和ケアチームにコンサルトしてください。がん患者さんに食欲低下が起きた時、その原因は1つだけではなく、重なって起こる場合もよくあります。もし自分で対処できないと思われたら、遠慮せずに緩和ケアチームにコンサルトしてください。
それでは、食欲低下の原因について1つ1つみていきましょう。
原因①薬剤性
薬剤が原因の食欲低下には、抗がん剤と医療用麻薬によるものが多いです。
抗がん剤
抗がん剤が原因で食欲が落ちる場合にはパターンがあります。
点滴の殺細胞性の抗がん剤をした時、治療後、数日から1週間の間、倦怠感とともに食欲が低下する患者さんが多いです。しかし、その後は楽になり、食事が取れるようになる人がほとんどです。
抗がん剤の投与は、2週間あるいは3週間のサイクルで行うことが多いので、患者さんには、食欲が落ちる時期、回復する時期をお伝えし、その時の対応法を一緒に指導するようにしましょう。
具体的には、しんどい時には無理をせず安静にする。食事は消化の良い食べやすいものを食べる。無理に食べようとしなくていい。少し元気になれば、少しずつ活動性を上げ、家事や仕事を開始する。その際にしっかり食べるようにすればよい。このようなことを教えてあげれば患者さんは安心します。
また、抗がん剤治療による有害事象、例えば、嘔気・嘔吐、味覚障害、口内炎などが起こった場合でも、食欲低下が起こります。食欲低下は、便秘・下痢でも起こります。特にTS-1®やイリノテカン®などの抗がん剤による下痢は、難治性になることもしばしばで、注意が必要です。これらの副作用に対しても、1つ1つ丁寧に対処してください。
外来の化学療法室にいる看護師・薬剤師は、様々なケアの方法を知っている方が多いです。自分での対応が難しいと思ったら、サポーティブケアに長けている看護師・薬剤師にお願いすることも良いと思います。
医療用麻薬
抗がん剤の他にも、医療用麻薬を服用した直後に食欲が落ちる方もいます。しかし、医療用麻薬の場合、1週間程度で良くなることが多いです。
患者さんには、医療用麻薬を初めて処方する時にこのように説明してください。
「医療用麻薬を開始した時、食欲が落ちたり、吐き気がでることがあります。でも1週間も続かないと思います。我慢できるなら、その間は様子をみてください、驚いて、医療用麻薬を勝手にはやめないでくださいね。」
というふうにです。
けれども、抗がん剤や医療用麻薬を使ったときに、このようなパターンにならずにいつまでも食欲低下が起こる場合は、薬剤性ではない他の原因を考えてください。
原因②身体症状
疼痛や呼吸困難などのがんによる身体症状が起こると、それが原因で食欲が落ちることが往々にしてあります。しかし、適切に症状緩和をすることで、食欲を元に戻すことは可能です。もし自分で対応できないと思った時には、緩和ケアチームにコンサルトをしてください。
原因③電解質異常
高カルシウム血症などの電解質異常でも、食欲低下が起こります。高カルシウム血症になると、食欲低下以外に、口渇、嘔気・嘔吐、意識障害などの症状が起こります。
高カルシウム血症は治療による改善が可能なので、疑った場合早く検査をして診断することが重要です。血液検査をする際、常にカルシウムも測定項目に入れておいてください。
詳しくは以前の記事で解説していますので、参考になさってください。
原因④脳圧亢進
脳転移や脳出血があると、脳圧亢進が起こり、吐き気とともに食欲が落ちます。
抗がん剤治療中の場合でも脳転移が起こることはありますが、意外に見過ごされるケースが多いように思えます。
特に誘因なく急に起こる嘔吐や、ふらつき・めまいを伴う場合、さらには呂律困難や意識消失などがある時は、脳転移が起こっている可能性があります。急いで、頭部CT・MRI検査をしてください。
脳圧亢進の治療ができれば食欲低下は改善できます。脳圧亢進は見逃さず治療しましょう。脳圧亢進についても以前の記事で詳しく解説していますので参考になさってください。
原因⑤悪液質
がんの悪液質は、進行がん患者さんの60%におこり、非常に多く起こる症状です。
進行がんの初診時には半分近くの患者さんが、悪液質の状態だとも言われています。抗がん剤治療の副作用の次に、食欲低下の原因で頻度が多いのは、悪液質です。
先ほども述べましたが、終末期前期までの悪液質は治療可能です。悪液質の治療ができたら、それが原因の食欲低下も改善できます。悪液質の診断、治療については、次回の記事で詳しく解説します。
原因⑥機能性ディスペプシア
がんが腹膜転移すると多くの場合、消化管の通過障害が起こります。
消化管の動きが悪くなるため、当然食欲は低下します。転移がなくても、術後の消化管癒着の場合も、同様の症状が起こる場合があります。
これらは多くの場合、消化管機能障害、いわゆる機能性ディスペプシアといわれる病態です。もちろん消化管閉塞が起これば、器質的な病態なので、迅速な処置が必要ですが、機能性ディスペプシアの場合は、これといった決め手になる治療がないのが現状です。
腹膜転移がなくても、機能性ディスペプシアを起こすこともよくあります。便秘も多くのがん患者さんが経験する症状ですが、それも機能性ディスペプシアを悪化させます。また、悪液質も合併していることも多いので、そうなると原因が複雑になり、治療が難渋することもしばしばです。
機能性ディスペプシアは、腹痛を伴うことも多いのですが、その場合、医療用麻薬を投与してはいけません。効果がないばかりか、症状を悪化させることがあります。この場合の疼痛は、非がん性疼痛と考えてください。
機能性ディスペプシアが起こると、腸管壁の平滑筋が過敏になります。過敏になった腸管壁が、便秘や腹部膨満によって刺激され痛みが起こります。
繰り返しますが、これは非がん性疼痛です。決して、医療用麻薬を使用しないようにしてください。この場合、芍薬甘草湯が効果を示すことがあり、私はよく使います。
機能性ディスペプシアが原因で食欲が落ちている場合で、治療が難しいと感じた時は、消化器内科、あるいは緩和ケアチームなどにコンサルトしてください。
原因⑦抑うつ
うつなどの精神症状が悪化すると、食欲低下も同時に起こります。
うつ病の診断基準には「食欲低下」があります。抗がん剤治療中に、うつになって食欲が落ちている患者さんは、私が見ているとかなり多いと思います。うつによる食欲低下は、うつが良くなれば改善できます。しかし、治療医の先生方は、精神症状の診断は難しいと感じている人が多いと思います。
私がいつも皆さんにお伝えしている、うつを疑う2つの質問があります。
1つ目は、1日中気持ちが落ち込んでいませんか?
2つ目は、今まで好きだったことができなくなっていませんか?
この2つのうちどちらかがあり、それが2週間以上続いていたらうつを疑ってください。そしてうつかもしれないと思ったら、緩和ケアチーム、心療内科、あるいは精神科にコンサルトしてください。
あなたに伝えたいメッセージ
今日のあなたに伝えたいメッセージは
「抗がん剤治療中の食欲低下の原因は、抗がん剤の副作用だけではありません。治療中のがん患者さんに起こりやすい食欲低下の原因を知り、自分でできる対処と、専門家にコンサルトが必要なケースを見分けられるようになってください。食欲低下の原因を取り去り、患者さんの笑顔を取り戻しましょう。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。
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