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本当に失ったものばかりですか?【患】#175

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん・ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「がんになって変わってしまった自分とどう向き合うか」です。

動画はこちらになります。

がんになると、今までの自分と大きく変わったことにとてもショックを受けることがあります。

体力が以前に比べとても落ちたこと。仕事が以前と同じようにできないこと。乳がんでしたら乳房が無くなったり、大腸がんでしたら術後にストーマを付けるなど、身体が大きく変化してしまうことがあります。

これらのことは、がんが完治・寛解したとしても、患者さんの自信を大きく失わせます。このように、がんによって失ったものがあることは事実です。しかし、失ったものしかないのでしょうか。

今日はがんになって、変わってしまった自分とどう向き合うかについてお話します。

この記事は、がん患者さん、そのご家族だけでなく、がん以外の病気で苦しんでいる方にもぜひ観ていただきたい動画です。この記事が、あなたのこれからの生き方を考える一つのきっかけになればうれしいです。

今日もよろしくお願いします。


がんになって変わってしまった自分とどう向き合うか

先日産婦人科の先生から患者さんの紹介がありました。60代の子宮がんの患者さんでした。先生は電話で私に言ってきました。

「先月子宮がんの手術をして、術後の抗がん剤を予定している患者さんがいるのですが、もう抗がん剤治療はしたくないって言うんです。がんはかなり広がっていたんですけど、子宮・卵巣、膀胱と直腸の一部を全部取り切ったんです。私たちも頑張ったし、せっかく治るというのにもったいなくて。先生、話を聞いてあげてくれませんか。」

私は緩和ケア外来で、患者さんの話を聞きました。患者さんは私にこういいました。

「こんなはずじゃなかったんです。手術をしてから私の生活は変わってしまいました。以前のように身体が動かないんです。家事もまともにできないし、仕事にも出られない。すぐにイライラして、主人に当たってしまいます。本当に良くしてもらってるから、主人に申し訳ないと思います。何よりもつらいのは、おしっこと便が管から出ることです。もう生きていても仕方がないと思ってしまいます。」

と泣きました。

彼女のように、がんになって治療した結果、がんは良くなったけれども、今までの自分と大きく変わったことに対して、とてもつらく感じている患者さんは多いです。

仕事がなくなってしまった。以前のような体力が無くなってしまった。ストーマをつけているのが恥ずかしい。胃がんで胃を取ったから、以前のようにおいしいものをたくさん食べられなくなってしまった。あるいは、再発したらどうしようと毎日不安に思って、とても気弱になってしまった。

確かに、これらのように、がんによって失ったものは、たくさんあることは事実だと思います。しかし、この方々は失くしたものしかないのでしょうか?そうではないかもしれません。

例えば、いい意味で今までと違う自分を発見できた人もいます。

「抗がん剤治療、放射線治療に長い間通って、つらい副作用にも耐えました。以前の私は何事も頑張ることができませんでした。でも、つらい治療を通して、頑張れる自分を発見できました。これからも色々大変なこともあるかもしれないけど、なんでも頑張っていけそうです。」

という人がいました。

治療中に自分を大切にしてくれた家族や友人などのありがたみに気付いた、という人は多いです。

一人で泣いている時にそっと傍に寄り添ってくれたペットが救いになった人もいるでしょう。

がんになって、今までの自分の人生を振り返るための時間が与えられたと思う人もいました。

こういったことは、がんになって得たものだと言えるのではないでしょうか。

こんな、つらい経験をした人は、他の人のつらさや弱さも理解できるようになるのではないでしょうか。

どんなものを失って、どんなものを得たのか、あなたも一度考えてみませんか?

そうすると、そんな自分がこれからどう生きたいかが見えてくるかもしれません。


乳がんになった郵便局職員

多くの方は、がんによって失ったものがある一方で、得るものもたくさんあります。

今から30代で乳がんになった女性の話をします。この話があなたの考えるきっかけになれば幸いです。

彼女はステージⅡの乳がんと診断され、左乳房を切除する手術をしました。術後の抗がん剤の後、ホルモン療法を続けることとなりました。

彼女は、郵便局の窓口業務の仕事をしていました。手術後、彼女は職場復帰しましたが、直接の上司以外には病気のことを同僚たちには打ち明けられないでいました。

彼女は片方の乳房がないことを、とてもつらく思っていました。

「私は乳房が片方なくなってしまった。こんなんじゃもう結婚もできない。手術でがんは取り切れたのだから、もうがんのことなんか忘れてしまいたい。早くがんになる前の元気な自分に戻りたい。

それなのに、毎日自分の身体を見るたびに、嫌でもがんのことを意識してしまう。
以前、仲のいい友達に自分のつらい気持ちを話してみたら、『もう治ったんだから、そんなに悩む必要ないよ』と言われた。

悩む必要が無いと言われても、夜も寝られないこともあるくらい悩んでしまう。もうこんなつらい気持ちは誰に言っても分かってもらえないんだ。」

と思っていました。

彼女の勤めていた郵便局では、がん保険を扱っていましたが、彼女はがん保険のポスターを見るだけでも嫌な気分になりました。

ところがある日、彼女は上司に保険担当になるように言われました。彼女は「なんで私ががんの保険のことをしないといけないの。病気のことは早く忘れたいのに、担当になると毎日がんのことばかり考えないといけないから絶対嫌。」と思って、保険担当になることを断りました。

それからしばらくたったある日、ある年配のお客さんが窓口に居た彼女に話しかけてきました。

「あのがん保険のポスター見たけど、がん保険は入っていた方が良いよね。私は今は元気だけど、がんって誰でもなるものだよね。」

その話を聞いたとき、彼女ははっと思いました。

「そうか!がんになるのは、私だけじゃないんだ。今までは自分だけが不幸だと思っていたけど、がんは本当に誰でもなる可能性がある。片方の乳房がないのが恥ずかしいと思っていたけど、私と同じ病気になった人は私のように悩んでいるかもしれない。

がんは誰でもなる病気なんだ。がんになった自分だからこそ、がん保険に入っていたら助かることがあると、お客さんのためを思って話せる。がん保険の担当になろう。」

と彼女はその時心から思えました。

その後彼女は上司に、保険担当になりたいと希望しました。そして、自分の体験をお客さんに話せるようになったのです。彼女の話を聞いたお客さんの中で、がん保険に入ってくれる人が何人も現れるようになりました。

その後、職場のみんなに病気のことを告白することもできました。彼女は保険担当の仕事を、やりがいをもってやっています。

「乳房があった時の自分も、無い今の自分も、自分は自分だ。何も変わりはしない。私の体験が、誰かの役に立てるのだと分かった。むしろ誇りに思って、これから生きていこう。『がんでもいいじゃん』と今は心から思えています。」と私に話してくれました。

確かに、がんになると失うものもあるでしょう。しかし、今お話した彼女のように、得たものも実はあるはずです。

私は、人生に無駄なことはないと思っています。がんになったことも、あなたにとって無駄なことではないのです。むしろ糧になっていることもあるかもしれません。

がんになって変わってしまった自分を否定することはもったいないことかもしれません。むしろ、がんになったからこそ得られたものがないのか、ぜひあなたも考えてみてください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「がんを体験する前と後では、身体の状態はもちろん、生活や環境も激変します。確かにがんになって失ったものは多いかもしれません。しかし、がんになった経験から得るものもあります。あなたも病気から何を得たのか、考えてみませんか。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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Dr.Tosh /四宮敏章
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