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恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その8】

下書きです。
あとで書き直します。


4.ひまり ひたむきと複利

ひばりが丘駅を出て、スナック『えん』に向かって歩く。
電車の中では、瀬戸さんと佐々木さんとのミーティングに参加できなくて、ワジワジしていたが、今、私の足取りは軽かった。

この時間なら、久しぶりにママたちと思う存分オシャベリができる。だから、私の足取りは軽く弾んでいたのかと思い至って、私は独りでニヤニヤしてしまっていた。

今夜くらいは、【ゆ会】の問題を一旦、忘れてしまおう。私が考えるより、瀬戸さんと佐々木さんが考えた方が、良い案が出るに決まったいる。

私は、スナック『えん』の、重い木製ドアを引いた。
カランカランと、カウベルが、いつもの愛おしい音で、来店を歓迎してくれる。

「ただいま~!」と声をかけた。

「ひがちゃん、お帰り~」「お帰り~」「おお、お帰り~」と、ママと、愛ちゃんと、大城さんが言ってくれた。小松さんも、定位置のカウンター左端にいて、私にチラッと視線を向けてくれた。

ツアーを終えて日本に帰ると、自然にリラックスできる。そして、この『縁』に来て「ひがちゃん」と呼ばれた瞬間に、さらに心が軽くなったことを自覚できた。ひとり、アパートの部屋に帰ったなら、きっと、つい仕事のことを考えたかもしれない。ここは、私が1番リラックスできる場所なんだな、と思った。

「あら? ザルのひがちゃんが、少し酔っているのかしら?」と、ママが言った。ママの観察眼は、いつも鋭い。

「忘年会だっだの~。ちょっと飲みすぎたかな?  ママ、これ、お土産~」

「わ~!  いつもありがとう!  今回は、…イタリアだったわね」

「そう。ローマ、ベネチア、ミラノの10日間。あ、チョコは、みんなにもお願い。トリュフ塩はママが、良かったらぜひ、お料理に使ってみて」

「ありがと~。小松さん。ひがちゃんからのお土産、小松さんの好きなチョコよ。愛ちゃん、ひがちゃんからチョコ、頂いたから、大城さんの分も取りに来て~」と、ママが言った。

BOX席から「は~い」という愛ちゃんの声と、「いつもありがとう」という大城さんの声が聞こえた。

「どういたしましてぃ」と、私は応えた。

小松さんも、「いつも悪いな」と言って、さっそくバッチチョコを1つ頬張った。そして、「旨い」と目を丸くしてくれた。

私は、いつもより少し薄めの炭酸割を作った。ステアは1周だけ、そーっと行なった。炭酸の泡を、なるべく壊したくないから。シュワシュワは強いに限る。

「あ~っ! でーじ、まーさん!」と、本音が声となって出た。ここでは、標準語を意識する必要がない。リラックスできるワケだ。

「忘年会はどうだったの?」と、ママが聞いてきた。

「大盛り上がり! 過去最高の63人が集まったのさ~」と私。

「へぇ、63人は凄いなぁ」と、小松さんが言う。

「あ、そうだ」と、私は言った。「小松さんに、ちょっと、教えてほしいことがあったの」

「東大卒フリーライターの頭脳は、使わないと勿体ないからね~。どんどん使いましょ。私も何でも聞いちゃっているし~ぃ」と、ママが援護をしてくれた。

「なんだ」と、小松さんが言った。いつものように、面倒くさいなぁという顔をしている。でも、私はこの表情に慣れたし、実は小松さんって、教えを請われるのは嫌いじゃないのかもしれない。そう感じることが何度かあったのだ。

「まずね、イギリス人に「you are dedicated」って言われたら、小松さんなら、なんって訳します?  『あなたは繊細だ』じゃないですよね?」

「Dedicatedなら、ひたむき、じゃないかな」


「だからさ~」と私は言った。標準語では「だよね~」という意味なのだ。
「じゃあね、ここからが本当に聞きたいことなんだけど~。日本語で『ひたすら』と『ひたむき』って、似ているでしょ?  でも、同じ意味ではないと思うの?  この『ひたすら』と『ひたむき』違いを、ちゃんと知りたいなぁって思ってね」

「なるほど。おそらく、辞書的な違いを知りたいということではなく、ひがちゃんが肚落ちできる。そういう説明を求めているんだね」

「さすがさ~。「1」言っただけで「10」分かってくれてさ~。嬉しい~」

「オレが思うに、『ひたすら』には、行動100%というイメージがある。『ただひたすらに働いた』とか、『ひたすら走った』とか」

「ふ~ん」と、私とママの相槌がハモってしまい、私たちは少し笑った。

「対して『ひたむき』は、心情、…心がプラスされている。確か、Dedicatedは、献身的とか、捧げる、尽くす、といった意味もあったと思う。『ひたすら』が行動100%だとしたなら、『ひたむき』は行動50%、想い50%。そういう感じかな。辞書的には、少し違っているかもしれないが、オレの解釈はそんなところだ」

「すごーい!  メッチャ分かりやすい!」と、ママが私より先に言った。

私は、「もう~。私が言いたいこと、先に言われちゃったさ~」と言って、また私たちは笑った。

「小松さん、ありがとう。スッキリしたわ~」と、私はお礼を言った。

小松さんが、何か聞きたそうな表情を見せたが、ママの「英語で思い出した」という発言に、その表情は引っ込んでしまった。

「英語で、仕事中毒のことをワーカーホリックって言うみたいよ。TVで『問題だ!』って言ってたわ。ひがちゃんの働き過ぎは良くないって、やはり、私、そう思ったのよ~」

「そんなことは、40代や50代になってから考えればイイさ」と、小松さんが言った。

「だって、ひがちゃんは去年だって、倒れて入院したじゃない?」と、ママは訴える。

「完全な過労だって、医者に言われたらしいな」と、小松さんが私を見て言った。

私は、「あれは、会社の上司とお医者さんが大袈裟だったの。ちょっと休めば、全然大丈夫だったのよ。精密検査でも悪い所なんて、なかったんだから~」

ママは、「過労で倒れるって、よっぽどのことよ」と言う。

小松さんが、「ママは、複利の話って聞いたことあるかい?」と、唐突に話題を変えた。

「え?  複利の話って、…この話に関係あるの?」と、ママが確認した。私も同じことを思った。

「関係あるんだよ」と小松さんは言って、「ママ。ひがちゃん。複利って、ちゃんと説明できるかい?」と、私たちを交互に見た。

「聞いたことはあるけど、ちゃんとって言われると…」とママ。
「同じ~」と私。

「金利には、単利と複利がある。例えば、銀行に100万円預けたとする。この100万円は、元本がんぽんというよね。話を分かりやすくするために、1年間で10%の利息が付くとする。
 ひがちゃん、利息はいくらになる?」

「10%だから、10万円?」

「そうだ。次の年も年利10%だとする。ママ、いくらもらえる?」

「同じだから、10万円でしょ」

「正解と言っておこう。単利の場合なら、今のママの答えは正解になる。元本が100万円で、1年目の利息が10万円。2年目も10万円。元本と利息を合計すると、丸2年預けたなら120万円になっている。
 だが、複利なら答えは違ってくる。
 1年目は同じ10万円の利息が付くが、2年目は、元本100万円と利息10万円の、合計の110万円に利息が付くんだ。
 ひがちゃん、その場合、2年目の利息はいくらになる?」

「え~。110万円の10%でしょ。11万円、…で合ってるよね?」

「そう、正解だ。すると、元本と利息の合計が121万円になった。
 翌年は単利なら10万円の利息だが、複利なら12万1千円の利息になる。2万1千円多くなるんだ」

「利息にも利息が付くのね?」とママが言った。

「そう。それが単利と複利の違いだ。1年目や2年目は、1万円とか2万1千円程度の差額だが、複利のパワーは年を重ねるとドンドン大きくなる」

「でしょうね」とママ。
「うん、ここまではチャンと分かった」と私。

「そのパワーは、思っている以上に大きいんだ。アメリカには、こんな例え話がある」と小松さんは言って、私を見て、それからママを見た。

例え話は、こういう内容だった。

少年のジャックは、姉のジルと遊んでいたときに、頭にケガを負った。
その結果、大学に進学することができなかった。ジャックは18歳から働き始め、毎年50万円ずつ積立投資を始めた。
18歳から26歳までの8年間だけ積立投資を行ない、そのあとは積立をやめ、投資口座はそのまま放置した。
投資金額は、合計400万円。

一方、姉のジルは、弟のケガを防げなかった罪の意識から医者を志し、医大へ進学した。
26歳になって働き始めると、毎年50万円ずつ積立投資を始めた。
年間の投資金額は、弟のジャックと同額。
ジルは26歳から65歳まで、実に40年間も積立投資を続けた。
ジルの投資金額は、合計2000万円となった。

弟ジャックと姉のジルは、全く同じ投資商品に積立をしていた。
当然、投資利回りは同じだった。

違いは、弟は18歳のときから積立投資を始め、姉は26歳のときから積立投資を始めたという、投資の開始年齢だけ。

年利は、説明を分かりやすくするために10%だったとして説明を続ける。

弟のジャックが投資したのは18歳から26歳の8年間で、計400万円。
姉のジルが投資したのは26歳から65歳の40年間で、計2000万円。

それぞれの65歳時点で、弟ジャックと姉のジル、どっちの資産が多いか。
こんな聞き方をしているから想像できたと思うが、資産額が多いのは弟のジャックなのだ。

65歳時点で、ジャックの投資口座には2億5878万円。
65歳時点で、ジルの投資口座は2億2129万円。

その差額は、3700万円以上。

仮に姉のジルが、毎年50万円の積立投資を生涯継続した場合でも、弟の資産額を逆転することはない。

「要するに、時間の差を埋め、逆転することは不可能なんだ。姉のジルより8歳若い時に投資を始めた。ただこれだけで、ジャックは圧倒的なアドバンテージを得たんだよ。時間を味方にできたのさ」

「複利って凄いのねぇ」
「だからさ~。40年間に、たった8年が勝つなんて…」

「仕事の努力は複利なんだ」

「ああ、そうそう。仕事中毒の話をしていたのよね」
「そうだ、そうだ」

「20代のときに努力した者は、30代になると、それまでの努力や結果がリセットされるワケじゃないだろ。それまでに努力をして得た知見がある。その上でまた、30代で努力をするワケなんだ。
 20代で鍛えた吸収力もある。いくつかのコツも体得しただろう。30歳の時点で、20代を平々凡々と過ごした人間とは、考え方や精神のレベルが違う。そして、また努力をする。すでに努力することには慣れてもいて、努力を当たり前のことと捉えている。そこに、新たな経験を加え、新たな人とも出会い、新たな実績も得る。
 例えば、金や人脈や仕事をたくさん持っている、50代60代の優秀な経営者がさ。…20代を平凡に過ごした普通の青年と、20代の全てを、何かに没頭しガムシャラに駆けた、そんな青年とを、見分けられないと思うか? 
 つまり、20代の努力次第で、30代や40代にチャンスを得られる、得られないが変わってしまうんだ。オレは、20代を棒に振った人間で、何かを成したという人物を知らない。見たことも聞いたこともない。
 『類は友を呼ぶ』って本当でさ、努力を努力とも思わずに重ね続けた人間の周りには、そういう人間が集まるものなんだ。そして、周りの人間から良い刺激を受け、切磋琢磨し、協力し合う。
 逆も真なりで、仕事のグチや不平不満を言っている人間の周りには、そんな人間しか集まらない。
 差はドンドン開く一方だ。2度と逆転なんかできやしない。ジャックとジルの例え話と同じなんだよ。
 ちなみに、年を重ねてから成功したと言われるアンパンマンの作者もケンタッキーの創業者も、彼らは若い時に努力を重ね、結果を出している」

淡々と話していた小松さんが、チェイサーグラスのお水を、ひと口飲んだ。
そして、私と目を合わせた。

「20代で、何かに、ひたすら打ち込む者は、ごくごく僅かだ。10人に1人もいない。ましてや、『ひたすら』から『ひたむき』に次元上昇できる20代なんて、ほとんどいない」

小松さんは、「お、今のイイなぁ」と呟いて、メモ帳を出して書き留めた。左利きなので、手帳を90度近く傾けて書いている。

「なるほどねぇ」と、ママが静かな声で言った。

「ママも、そしてママが惹かれて結婚した元祖ひがちゃんも、20代のとき、頑張っていたんだろ?」

「確かに…。あの人は、沖縄県出身というだけで、信じられない差別を受けたって、そう言ってたわ。それでも、あの明るさは、…スゴイよねぇ。
 私だって若いときは、苦労を苦労とも思わず、頑張っていたわね」

「ママが美しいのは、そういうことか~」と、私は、ポロリと本音をこぼした。ママは容姿端麗なだけではなく、立ち居振る舞いも、そして心根も美しいのだ。

私には、ママのような美しさは、どう頑張っても身に付くとは思えなかったけど、あきらめつつも、憧れ続けていた。

「あら、ひがちゃん。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞じゃないさ~。私、本音しか言えないもん。小松さん。小松さんもなんか、凄まじい20代だったんじゃない?  私、そんな気がするさ~」

「狂う手前まで働いた」と、小松さんはボソリと言った。

ママが、「刑事のフリして、聞き込みとか、張り込みとかもしたんだって。努力しないでノンフィクションの賞なんて、獲れるわけないものね」と言った。

小松さんは、「取材だ、取材。刑事だとウソを言ったことはない。相手が勝手に勘違いしたのは、オレの問題ではないさ」と言った。

小松さんが「ただな」と、私の目を見て言った。
「ただな、健康には気をつけろ。入院すると、ママや大城さんが心配する」と、少し怖い眼をして私に言った。

「前の入院のとき、小松さんが1番心配してたと思うけど~?  ひがちゃん、愛されてますねぇ~」と、ママは、私と小松さんを同時に茶化した。

私は、そんな茶化しには、逆に、乗っかることにしている。「そうなの?  嬉しいさ~」と、この時も乗っかってみた。
「じゃあ、小松さんにお礼で、カラオケ入れてあげる。アレ 歌って!  聞きたかったんだ~」と言って、私はデンモクを操作した。

「それのどこがお礼なんだ」という小松さんの言葉は、聞こえなかったフリをして、「大城さん、愛ちゃん、『島人ぬ宝』入れたから、合いの手、お願いね~」と、BOX席に声をかけた。

元祖ひがちゃんの十八番で、この店では『島人ぬ宝』がかかったなら、ほぼ全員が歌うのだった。

指笛が鳴り、「いーやーさーさ」の掛け声を入れるだ。





その9へ つづく


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第1538話です
※僕は、妻のゆかりちゃんが大好きです


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奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家
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