第447話 「その『努力』は、認めざるを得ない」まずいラーメンを食べさせられた僕の、仮説と検証(書き直し集-その12)
◆ファン歴35年
古参のファンは、にわかファンの存在が疎ましく感じる。これは古来からある、普遍的な心象だろう。
古くからのBTSファンは、最近ファンになったばかりの人と「一緒にされたくない」と思う。
映画「鬼滅の刃」の主題歌を歌うLiSAさんの古参ファンは、「僕はLiSAさんのファンなんだ」と言いたくなかったりする。
鬼滅の刃きっかけでファンになったと、そうは思われたくないから。
流行るまえから好きだったのだ。
流行ったから好きになったのとは、違うのだ。
僕は、大のラーメン好きだ。
初代ラーメン通が「小池さん」なら、僕は2代目だろう。
言っておくが、顔もソックリだ。
19才の時には、もう、いつの間にかラーメン好きになっていた。
1日3食ラーメンで平気だった。
当時、ラーメンブームなどは起こっていない。
関東で、豚骨ラーメンなどはお目にかかることはなかった。そんな時代だ。
約35年前。
TVで、ラーメンや、ラーメン屋さんが取り上げられることもなかった。
僕は、そのころからのラーメンファンなのだ。
流行ったから好きになったのではない。
なんなら、僕が、流行らせたような気がしないでもない。
長年、ラーメン屋さんに入り、ラーメンを食べ続けていると、確実にまずい店というのが分かるようになった。
店の外観で、「この店は絶対にまずい」「絶対に美味しくない」と、そう分かるのだ。
逆に美味しい店は、外観では判断できない。
美味しそうな店の雰囲気を醸し出しておいて、肝心の味は「並以下」って、ザラにある。
店舗の外観に努力や工夫を注ぐ前に、美味しいラーメンを作る努力をしろよ! と、思わずツッコミを入れたくなる。
最近は、そんな店が多い。
◆あれは、確実に「まずい」ラーメン屋だ
42、43歳の頃、「この歳からでも匠になろう!」と建築士を目指した。
工務店で、現場監督の助手をしながら資格獲得の勉強をしていた。
というと、少し格好つくが、その現状は、現場監督の下に『職人さん』たちがいて、助手とは、その職人さんたちの【雑用係】だ。
○○○商店街に、サーフボードの保管サービス店があった。
大規模なリノベーション工事を行なって、2階をレストランに改装する。
大きな、オシャレなレストランを作るのだ。
その工事現場の、ほぼ向かい側に、確実にまずいラーメン屋があった。
昼食は、商店街を歩いて、すべてのラーメン屋を食べ歩いた。
もちろん、あの、まずいラーメン屋を除いてだ。
あそこだけは、絶対に入ってはイケない。確実にまずい。間違いない。
改装工事の工期が長く、毎日お昼休みのたびに、まずいラーメン屋が視界に入る。
1ヶ月と少し経って、僕は油断したのだろう。
その、まずいラーメン屋に近づいた。
店の入り口は、引き戸だ。
横に「ガラガラ」と引いて開ける、アルミサッシの入り口。窓ガラスは型板ガラス。
その入り口の前に、立て看板がある。
2枚の板のテッペンを蝶つがいで止めて、下だけ開くタイプだ。下には、開き過ぎないようにストッパー的なチェーンが付いている。
その看板には、どうやらメニューが張り出されている。
絶対にまずいラーメン屋なのだからと、僕は、ちゃんと見ていなかったらしく、その看板に、はじめて気がついた。
「こんな看板、あったっけ?」
「ラーメン以外に、なにか、あるのかな?」
と、このように魔が差したのだ。
◆仮説が浮かんだ
どういうことだ。
僕は、そのラーメン屋の店内にいて、席に座っている。
コップも、やや曇っているし、店内全体がモヤッと汚い。すごく不潔とか汚いというわけではないが、すべてが霞んで見える。
僕は、なぜ、入店したのだろうか。
想像通りの、どこをどう見渡しても、「まずいラーメン屋」の特徴だらけだだ。
こんなとき、ラーメン屋ではなく「中華料理店」なら、救いがある。
ラーメン以外は美味しかったりする場合が、まあまああるのだ。
が、メニューを見ると、やはりラーメン屋だ。
醤油ラーメン
塩ラーメン
味噌ラーメン
餃子
ビール
ジュース
そんなメニューだ。
客は、常連さんが1人だけ。
その常連さんが、醤油ラーメンを頼んだので、僕もそれにした。
しかし、
僕は、なぜ、入店してしまったのか?
確か、
看板のメニューを見ていたら、ガラガラと戸が開いて、
「どうぞ~、中にもメニューがありますから…」
と、女将さんが言った。
商売人らしくない、笑顔とはいえないような笑顔で、声も小さかった。
で、
吸い込まれた。
普通なら、回れ右して離れるか、苦笑いして離れるか、無視して離れるかする。
(・・・あれは、絶妙のタイミングだったのではないか?)
(声も笑顔も、頑張りすぎていないのが、これまた絶妙に良かったのではないか?)
そんな仮説が頭に浮かんだタイミングで、僕の醤油ラーメンが出来上がった。
なんの変哲もない、美味しそうなところもない、そんなラーメン。
昭和50~60年くらいの、そんなラーメン。
いただいた。
想像以上にまずかった。
普通とか、美味しくない、というのではなく「まずい」のだ。
これを「食べろ」と命じたなら、暴行罪が成立する。
常連さんが、旨そうな音を立ててラーメンをすすっている。
異次元の世界に迷い込んだのか?
大将は、鼻毛を抜きながらTVを観ている。
あの大将は、はたして自分のラーメンを、ここ最近、味見したのだろうか。
味見したのなら、味覚が狂っている。
数十円の、インスタントラーメンを作って出してくれた方がマシだ。
ラ王なら圧勝だ。
女将さんは、曇りガラスの近くにへばりついている。
常連さんの、「旨い!」というセリフを聞いたときには、
「もう僕は、元の世界には帰れないのではないか」
と、そんな恐怖に襲われた。
まるで、夢の中のような、フワフワした世界だった。
◆仮説が確信に
女将さんが、曇りガラスに近すぎる。
ガラガラ
「どうぞ~、中にもメニューがありますから…」
あっ、と思った。
同じセリフだ。
若いお兄さんが入ってきた。
こんなまずいラーメン屋が潰れていない理由は、女将さんだ。
あの、神業だ。
神か悪魔か知らないが、とにかく、絶妙のタイミングを、女将さんは会得したのだ。
きっと、「あんた、ラーメンの味が落ちてるよ!」とか言っても、大将は鼻毛を抜いてばかりで、聞く耳を持たなかったのだろう。
幸い、ここは江ノ島商店街だ。
観光客がたくさん来る。
リピーターを獲得しなくても良い・・・。
タイミングが早すぎたり遅かったり、
声が大きすぎたり小さすぎたり、
笑顔が大げさだったり足りなかったり、
真剣に、試行錯誤したのだろう。
考えて工夫し、改善をくり返したのだろう。
その、女将さんの努力には、頭を下げるしかない。
大将、あなたは鼻毛抜いている場合じゃない。
◆再検証
異次元空間から無事に生還できた僕は、この話を大工さんにした。
大工さんは、「たまたまだろう」と、本気にはしなかった。
翌日の昼休みに、僕は、ちょっとその店を観察してみた。
観光客のカップルが、看板のメニューを見ている。
ガラガラ
入店した。
やはり、あの女将さんは、ベストのタイミングを会得している。
女将さんが、ガラガラ、「どうぞ~、中にもメニューがありますから…」という技を使って、入店しなかった人は皆無。
100%の成功率なのだ。
さらに後日、この話を信じてくれなかった大工さんと、一緒に観察した。
通行人が看板に寄る。
見る。
ガラガラ
入店。
大工さんも、「マジか?」と、驚いていた。
◆〆
この話は実話だ。
このラーメン屋さん、まだ営業しているだろうか。
今度、江ノ島に行ったなら、何がなんでも、また観察したい。
そして、絶対に入店はしない。
これまで僕は、この話を数人に語ってきた。
だいたいは笑っていただける。
中には爆笑する人もいる。
でも、なぜか、ゆかりちゃんには、まったくウケなかった。
ゆかりちゃんは、僕の、古参ファン?
「前世からじょーじのファンだから、現世のにわかファンがウザイねん!」
そういうこと?
僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。
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