見出し画像

第43話 二十一日、①

(行程)室津から野根へ

(原文)
二十一日、卯の刻ばかりに船出す。
みな人々の船出づ。
これを見れば、春の海に秋の木の葉しも散れるやうにぞありける。
おぼろげの願に依りてにやあらむ、風も吹かず好き日出で来て漕ぎ行く。
この間に、使はれむとて、付きて来る童あり。
それがうたふ舟唄、
「なほこそ国のかたは見やらるれ、わが父母ありとしおもへば。かへらや」
とうたふぞあはれなる。

※卯の刻
 午前5時から同7時ぐらいまでの時間帯。
 ここでは、後世の「明け六つ」現在の午前6時説が有力。
※みな人々の船
 貫之一行と同じように室津に停泊していた人々の船。
※おぼろけの願
 なみたいていではない願い、格別の懸命な願い

(舞夢訳)
二十一日になりました。
卯の刻に、船は室津を出航しました。
(また、私たちと同じように室津に停泊していた)他の船も一斉に出て行きます。
この様子を見ておりますと、まるで春の穏やかな海に、まるで秋の木の葉が散るような趣きがあります。
なみたいていではない願掛けに、(神仏が応えられたのでしょうか)、風も吹かず、素晴らしい天気になって、船は順調に航海を進めます。
そんな時に、(京都で)使ってもらいたいと、私たち一行について来た男の子がいて、舟唄を謡いました。

「どうしても、故郷の方角を見てしまいます、愛しい私の父と母が、あちらに残っていると思うので。(情けないことですが)帰りたいなあとまで思うのです」
 
(子供らしく)本音を謡うので、それが一行の胸に、切なく響くのです。

いいなと思ったら応援しよう!