土佐日記 第50話 二十七日~二十八日
(滞在地)橘湾
(原文)
二十七日、風吹き、波荒ければ船出ださず。
これかれ、かしこく嘆く。
男たちの心慰めに、漢詩(からうた)に「日を望めば都遠し」などいふなる事のさまを聞きて、ある女の詠める歌、
「日をだにも 天雲近く見るものを 都へと思ふ 道の遥けさ」
また、ある人の詠める。
「吹く風の 絶えぬ限りし 立ち来れば 波路はいとど 遥けかりけり」。
日一日風止まず。
爪はじきして寝ぬ。
二十八日、よもすがら雨止まず。今朝も。
※日を望めば都遠し
「李太白詩集」巻15。
李白の詩『単父(ぜんほ)の東楼にて秋夜族弟(ぞくてい)沈(しん)の秦に之くを送る』の中の『遥かに長安の日を望めば、長安の人を見ず、長安の宮闕九天の上』」から。
なかなか、思うように旅が進まないストレスを詠んだと思われる。
(舞夢訳)
二十七日になりました。今日は、風が強く吹いて波も荒いので、船を出すことができません。
あちらこちらで、人々は残念がって、ため息をついています。
男性たちは、気晴らしに、漢詩を吟じています。
「日を望めば都遠し」
(大空の下で、⦅こんな辺境ではなく⦆京の都での生活に戻りたいのだが、なかなか、都は遠くて、たどりつけない)
などと吟じている声を聞いて、ある女性が詠みました。
大空に浮かぶ太陽でさえ、空の雲のすぐそこに見えるのに、一刻も早く帰りたい京への旅路は、考えられないほどに遠いのです。
また、別の人が詠みました。
吹いて来る風は絶えない限りは、その風で波も絶えず立って来るので、海の旅は、ますます遠く感じてしまうものです。
結局、その日一日、風が吹き続けました。
何もすることがないので、爪はじきをして、寝ました。
二十八日は、一晩中雨が降りました。
今朝になっても、止みません。