見出し画像

土佐日記 第54話三十日、

(行程)鳴門海峡を通過

(原文)
三十日、雨風吹かず。
「海賊は夜歩(あり)きせざなり」と聞きて、夜中ばかりに船を出して阿波の水門(みと)を渡る。夜中なれば西東見えず、男女からく神仏を祈りてこの水門(みと)を渡りぬ。
寅卯の時ばかりに、沼島(ぬしま)といふ所を過ぎて多奈(たな)川といふ所を渡る。
からく急ぎて和泉の灘といふ所に至りぬ。
今日<海に波に似たるものなし。
神仏の惠かうぶれるに似たり。
今日、船に乘りし日より数ふれば三十日あまり九日になりにけり。
今は和泉の国に來ぬれば、海賊ものならず。

※阿波の水門(みと)
 鳴門海峡。貫之の時代は、大毛島の南端と淡路島の南端の潮崎の間説が有力。
※寅卯の時ばかり
 午前5時ごろ
※沼島
 淡路島南端の沖にある小島
※多奈川
 大阪府泉南郡岬町付近。谷川港という漁港がある。
※和泉の灘
 大阪湾

(舞夢訳)
三十日になりました。
今日は雨も降らず、風も吹きません。
「海賊は、夜には活動しない(襲わない)」との噂を聞いて、夜中に船を出し、阿波の水門を渡りました。
とにかく夜中で真っ暗なので、西も東も、よくわかりません。
船に乗る男も女も必死に神仏に祈り続け、この水門を渡ることができました。
夜明けごろに、沼島というところを過ぎて、(本州の)多奈川を渡りました。
懸命に急いだので、ついに、和泉の灘に着きました。
今日の海には、波は全く立っておりません。
これこそ、神仏のお恵みと思われます。
この船旅が始まった日から数えて、三十九日です。
今は、和泉の国に着きましたので、もう海賊の心配は、なくなりました。

いいなと思ったら応援しよう!