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土佐日記 第46話 二十二日、

(行程)野根から日和佐

(原文)
二十二日、昨夜(よんべ)の泊(とまり)より異泊(ことどまり)を追ひてぞ行く。
遙に山見ゆ。
年九つばかりなる男(を)の童、年よりは幼くぞある。
この童、船を漕ぐまにまに、山も行くと見ゆるを見て、怪しきこと、歌をぞ詠める。
その歌、
「漕ぎて行く 船にて見れば あしびきの 山さへゆくを 松は知らずや」
とぞ言へる。
幼き童のことにては似つかはし。

今日(けふ)海荒げにて、磯に雪降り、波の花咲けり。

ある人の詠める、
「波とのみ ひとつに聞けど 色見れば 雪と花とに紛(まが)ひけるかな」

※昨夜(よんべ)の泊(とまり)
 土佐国安芸郡野根(現在の東洋町:土佐最東端)と推定されている。
※異泊(ことどまり)
 別の泊。阿波国日和佐(現在の徳島県海部郡美波町日和佐)

(舞夢訳)
二十二日になりました。
昨夜の泊(野根)から、別の泊(日和佐)を目指して、船は漕ぎ進みます。
遠くに山が見えております。
九歳になった男の子で、その年よりは幼く見えるのですが、船を漕ぎ進めるにつれて、山も動くように見えたのでしょうか、それを不思議に思い、歌を詠んだのです。

「漕ぎ進む船の上から見ていると、船の動きにつれて、山も動くのです。
この不思議なことを、浜辺の松は知っているのでしょうか」

幼い子供の言葉として、実に自然と思います。

(ところで)今日の海は、少し荒れておりまして、磯には、まるで雪が降るかのよう波が白く砕け、まるで白い花が咲いたかのように見えます。
ある人(紀貫之)が、その様子を見て、歌を詠みました。

「(目を閉じて)耳に聞こえて来る音は、ただの波のぶつかる音ではありますが、目を開けて、その波の色を見ると、白い雪とも、白い花とも、見間違ってしまうのです」

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