隣の祐君第85話和歌研究家平井恵子と、母森田彰子の会話

祐の母、森田彰子は、本当に驚いた。
いや、驚くばかりの、平井恵子からの電話だった。

「お久しぶりです、平井恵子です」

「え・・・あ・・・平井先生なのですか?」
「これはこれは、ご無沙汰をしておりまして・・・」
「このたびは、受賞をされるとか、おめでとうございます」
「しっかりと、ご挨拶もできずに、申し訳ありません」

「いえ、私のことでは、ありません」
「森田先生のご長男の祐君のことなんです」

祐の母、彰子は胸がドキンと鳴った。
とにかく、何で祐の名が、かの高名な平井恵子の口から出るのか、さっぱりわからない。
「あの・・・申し訳ありません・・・祐が・・・何か失礼なことを?」

平井恵子は、明るい声。
「いえいえ、そんなことは、全くありません」
「私が、祐君とお話をしたいと、すごく願ってはおりますが」

彰子には、全く意味不明な言葉だった。         
「平井先生、ところで、どうして祐のことを?」

平井恵子
「はい、今日、秋山先生とお話をして、祐君のことになりましてね」

彰子
「はぁ・・・そう言えば、上野で源氏の催しをやっていますね」
「それで?恐れ多いことで」

平井恵子
「秋山先生が、祐君のブログを読んで、すごくお気に入りで」

彰子は、これも初耳
「祐が・・・ブログですか?」
「何も・・・知りませんでした」
「何を書いているのやら・・・恥ずかしい限りで」

平井恵子は少し笑った。
「男の子なんて、そんなものかな、母親に自分がブログを書いているなんて言わないかも」

彰子の声が小さくなった。
「本当に・・・無口で・・・」
「時々、ひ弱で・・・情けないくらいに」

平井恵子
「祐君のブログを私も読ませていただきました」
「式子内親王様の和歌でしたけれど・・・実にやわらかに、いい感じで」
「他にも万葉、源氏、枕、古今、新古今もありましたけれど」
「好きです、あの書き方、吸い込まれる、読み続けてしまう言葉遣い」
「天性のものと思いますよ、素晴らしい、なかなか私たち学者は、小難しい表現を使いたがるけれど、それが読み手を敬遠させて、本末転倒なのですが」

彰子
「はぁ・・・とにかく・・・初耳で、恥ずかしい」
「何も言わないから」

平井恵子
「森田先生は、全く関与していないようですね」
「でも、私は、将来有望と見ました」

彰子
「ありがとうございます、恥ずかしくて、顔が真っ赤です」

平井恵子は話題を変えた。
「秋山先生のところにアルバイトに行くとか」
「つまり、弟子にしたいようです」

彰子はまた、驚いた。
「・・・それも、初耳で・・・」
「アルバイトどころか、未熟過ぎて、邪魔するばかりになりそうです」

平井恵子は、ようやく本題に入る。
「いえいえ、私は、祐君を認めました」
「それで、古今なんです」

彰子
「古今・・・とは?」

平井恵子
「祐君と、新訳をやってみたいなあと」
「古今の元歌、派生歌、源氏や枕への引用の説明も含めて」
「それを、祐君に、若い人、古典にはなじみのない人にも、やわらかな読みやすい言葉に書いてもらおうかと」

彰子
「そうですか・・・それを祐に」
「私も興味はありますが、大変な仕事ですね」

平井恵子
「すごく大切な仕事と思うのです」
「日本人の文化を守らねば以上に、もっと知ってもらわなければ」
「祐君に、協力をしてもらいたい、そんな思いなのです」

彰子は不安を訴える。
「でも、あの祐に・・・務まるかどうか・・・」

平井恵子は強く言い切った。
「任せてください、よろしくお願いします」

彰子
「そこまでおっしゃられるなら・・・はい・・・」
「私も、祐には、よく言っておきます」

平井恵子との話は、そこで終わった。

彰子は、うれしい、と言うより、不安の方が大きい。
「祐が?」
「秋山先生と?」
「平井先生と?」

「絶対に、神経を病んで、ボロボロになる」
「・・・どうしよう・・・」

彰子は。祐が心配で、その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。

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