不思議なバーの物語③身分違い
マスターは呆れている。
「そんなに身分違いを気にするんでしたら、そもそも相手にしなければ・・・と思いますがねえ・・・」
マスターは香織の前に、カカオのカクテルを置いた。
「マスターが気にすることじゃないでしょ?」
「マスターは私が望んだ酒だけ、作ればいい」
「余計なことを言わないで!」
香織は「ピシャリ」言い放つ。
香織の言葉は止まらない。
「だいたいね、私の実家、わかっているでしょ?」
「昔っから、八百年続く茶道の家元、全国にお弟子さんが数万、いやもっとかなあ」
「その私が、ありがたくも声をかけて、デートに誘ってやっても、来やしない」
「それは、私の家柄とか身分に対して、腰が引けているの」
「それはね、確かにあいつの家柄はよく知らないけどさ」
「でも、歴史から考えれば、そうそう滅多に、私の家柄を超える家って、そんなにないからね、きっと、そうだよ、身分違いに対して腰抜け、あいつは腰抜け男だ!」
香織は、カカオのカクテルを一気飲みする。
「じゃあ、香織さん、どうして、そんな男を誘ったんですか?」
「そもそも、それがわからない」
マスターは再び首をかしげた。
「うるさいなあ・・・気安く、香織さんなんて言わないでよ!」
「ほんと、失礼だなあ」
「でも、いいわ、教えてあげる」
「本当は別の人に誘われていたの」
「うん、すっごく家柄も高い、私の家と匹敵するぐらい、源氏物語研究の家で宮中とも深いお関係、その人が急に宮内庁に呼び出されて」
「だから、暇つぶしに、あの身分違いの男を誘ってあげたの」
「まあ、物腰柔らかいし、身分はともかく、顔とか雰囲気は可愛いから」
「マスターと同じ苗字がちょっと気に入らないけど」
「ちょこっと、つまみ食いするには、美味しいかなとね」
「うん、本気じゃないさ、あくまでもお菓子、主食じゃない」
香織は、口を尖らせた。
「もしかして、その身分違いとかの人は、香織さんの職場か何かのお知り合いで?」
マスターは、慎重である。
どうやら、その「身分違いの男」の検討がついたらしい。
「ああ、四つ下の新入社員」
「だから、身分違いも甚だしい、格下も格下」
「私の会社だって、超名門の貿易会社なのに」
「何で、あんなの入れたのかなあ」
「可愛いけれど、大人しいし、上司とか役員の受けがメチャ高い」
「私のミスを黙ってカバーするし、そのご褒美として誘ってやったの」
「だけど、来やしない」
香織は、カカオカクテルをもう一杯注文した。
「ああ・・・わかりました」
「そのお方なら、創業者一族の直系のご子孫ですね」
「摂関家ですね、ご先祖は、今でも京都にお家があるのかなあ」
「まあ、私は流れの流れですが、ご厚情でお付き合いさせてもらっています」
「ここのバーも、持ち主は・・・まあ・・・いいか・・・」
マスターはアルコールを強めにカカオカクテルを作った。
「え・・・」
香織は、カカオカクテルを口につけられない。
「あのお方も、今日は宮内庁に呼ばれたって言っていました」
「歌会始がなんとかってね」
「すごく上品で可愛らしいお嬢さんを連れていましたね」
「手も握りあっていましたし・・・」
「あのお嬢さんも、華族系とお聞きしました」
香織は真っ青・・・テーブルに突っ伏してしまった。