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健さん(13)健は女子高生集団に囲まれるけれど
健の事件から、ほぼ一週間経過した。
相変わらずひとみは、健に接触のカケラも持てず、圭子も完全スルーされている。
居酒屋の美智代からも連絡がないことから、健は居酒屋にも姿を見せていないらしい。
そんなひとみが確認できるのは、朝8時ぐらいにアパートを出て、夜10時ぐらいに灯りがつくことだけ。
ひとみは、その灯りを見ながら、大学同窓でもある健の大学院での動きを思いやる。
「おそらく大学の研修室で、研究にかかりきりなのかな」
「論文でも書くのかな」
「また、ど丁寧に書くしなあ」
「でも、メチャ固い文だけど、読み飽きない、ほんと不思議な論文」
「発表しだすと、聴いちゃうの、何故かなあ」
その、健の研究対象は西洋中世史というマニアックなもの。
「あんな古風で和風な健さんが、西洋中世史」
「騎士団とか修道院とかの本」
「ローマ教皇辞典とか、十字軍の本を持っていたこともある」
ひとみは、圭子と健の朝の一件を思い出した。
「・・・それなのに、ヨーグルトが外国のしゃれたもの?」
「バター、チーズ、ヨーグルトって、修道院でも作っていたはず」
「ほんと・・・予測不能な人だ」
さて、そんな観察やら、分析やらがあったものの、大学が休みのはずの土曜日の朝になった。
「今日もいい朝だ、天気もいいし、風も穏やか、洗濯物がよく乾く」とひとみが、洗濯物を二階のベランダで干し始めて約5分後、健がアパートを出て、歩き出した。
ひとみは、それを見てまた焦る。
「こんなところからだと、おはようございますも、大声になるじゃない・・・」
「大声は恥ずかしいって、しかもエプロン姿で、洗濯物の中からなんて」
「マジに下町の女だって・・・」
ただ、そうかと言って、エプロン姿で、ドタドタと階段をかけおりてまで、「健さん、おはようございます」も、実に恥ずかしい。
ひとみは、結局「あーーー!どうしたらいいの?」となるけれど、健がそのまま歩いて行く姿を観察する以外に、何もできない。
「この前よりは、歩き方が自然になった」
「それだけかも安心かな」
しかし、ひとみの安心も長くは続かない。
声もかけられず見送るだけの目に飛び込んできたのは、信じられないような集団。
「え?マジ?健さん・・・」
「ジャージ姿の女子高生?何人?・・・10人くらい?」
「何で囲まれているの?」
「・・・気に入らない!女子高生、大騒ぎで!」
「健さんって、若い子が趣味なの?」
ひとみがヤキモキする中、また事態は動いた。
女子高生の集団が騒ぎ出す。
「えーーーー?」
「健さん?行っちゃうの?」
「つまんないーーー」
ひとみは。「要するに健さんは、若い女の子たちに引き留められている」と観察を続行するけれど、健は振り切って歩き出す。
ますます女子高生たちは騒ぐけれど、ひとみは、複雑。
「健さんは、あの女の子たちに、人気があることは事実」
「その理由はわからないけれど」
「それにしても、手も振らないで・・・捨て置くような感じ」
「それは確かに、女子高生と健さん・・・似合わないけれどねえ」
「健さんには、愛嬌ってないのかな」
「どこまでも頑固で、しゃれたことは似合わないってこと?」
さて、ひとみがそんな思いで洗濯物を干し終え、一階におりると、どうも玄関に賑やかな声が聞こえてくる。
そして玄関を見て驚いた。
なんと、ついさっきまで健を囲んでいた女子高生集団が、父良夫と談笑しているのだから。