伝道者の書第106話わたしはこのすべての事に心を用いて、
(原文:第9章1)
わたしはこのすべての事に心を用いて、このすべての事を明らかにしようとした。すなわち正しい者と賢い者、および彼らのわざが、神の手にあることを明らかにしようとした。愛するか憎むかは人にはわからない。彼らの前にあるすべてのことは空である。
伝道者は、いっさいのことを観察した結果、正しい人であっても、知恵のある人であっても、彼らが人生の中で行うことは、全て神の御手の中に握られているとの結論に達した。
しかし、それでいて、彼らに与えられる結果は、愛されたものであるのか、憎まれたことであるのか、「予測は不可能である」ということだった。
将来のことは、正しい人においても、知恵のある人においても、全て未知のものであり、確実なものではなく、「あらゆること」が発生する可能性があるということであった。
確かに善人とか、知恵のある人に、全て幸せだけが与えられてきたと思う人はいないと思う。
善の努力を尽してきた人、深く物事を観察し用心深く生きてきた人にも、残酷な結果が与えられたことは、歴史を顧みれば、数限りなく見受けられる。
さて、それは事実として、それでは人間はどう考えて生きるべきなのか。
諦めて享楽と悪事の暗きに浸るのか。
それでも、真っ当に光のある道を歩くのか。
それは、人間個人個人が、自問し解答を見つけることなのだと思う。