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隣の祐君第121話平井恵子の家にて(1)
平井恵子の家のリビングに全員で入り、それぞれが一旦自己紹介。
その後は、まず「鮭と葉唐辛子のおにぎり」を食べた。
「少し前に、祐君のお母さんとお話ししたの」
平井恵子は、満面の笑み。
「はい・・・」
祐は落ち着かない。
どうせ、あの母のことだ。
「祐は弱い、情けない」くらいしか言わないと、予想がつく。
平井恵子
「祐君が好きなおにぎりは?と」
「そうしたら教えてくれたの」
「さあ、食べて」
「食べてもらえないと話が進まない」
空腹な祐は、恥ずかしかったけれど、遠慮しないことにした。
「美味しいです」
余計なことは言わなかった。
あの母が素直に「祐の好みのおにぎり」を伝えたのは疑問だった。
でも、美味しいので、仕方なかった。
純子と真由美も遠慮していたけれど、結局食べた。
祐は。彼女たちが「美味しい」と言ったのは、「社交辞令かな」と思う。
おにぎりの味が、いかにも関東風で、塩味が強め。
奈良とも博多とも、かなり違うと思うので、祐は申し訳ないような気もする。
実際、純子と真由美を誘うのは、戸惑いもあった。
しかし、「手伝いをしたい」と熱心に言ってくれたことも、無視はできなかった。
だから、誘った。
急なことで「今日、これからは無理かな」と思ったけれど、二人とも、快く応じてくれた。
何しろ、東京に出てきたばかり、少しでも仲間がいるほうが、安心だった。
簡単な食事を終え、案内されたのは、和歌研究家とは思えないような、現代的な作業室だった。
広さは、16畳と思う。
大きな長方形のテーブル。
座りやすそうな、肘掛け椅子。リクライニングで、背中も伸ばせる。
壁は、白い、薄い花柄。
ほのかに白檀の香りが漂っているのが、和風なのか。
全員が座ると、平井恵子は、風岡春奈に目配せ、印刷した「祐の古今和歌集仮名序現代語訳」を配らせた。
「いろんな訳があるけれど」
「私は、祐君の訳が好き」
「他の大先生たちの訳と比べてみてごらん」
その言葉に応じて、風岡春奈は、「他の大先生たちの訳」を、数セットずつ、全員の前に置いていく。