土佐日記 第56話 二月一日、②
(行程)佐野浦を進む
(原文)
この間に今日は箱の浦といふ所より綱手曳きて行く。
かく行くあひだに、ある人の詠める歌、
「玉くしげ 箱の浦波 立たぬ日は 海を鏡と たれか見ざらむ」
また、船君のいはく、
「この月までなりぬること」と歎きて、苦しきに堪へずして、「人もいふこと」とて、心やりにいへる歌、
「ひく船の 綱手の長き 春の日を 四十日(よそか)五十日(いか)まで 我は経へにけり」
※玉くしげ
「箱」にかかる枕詞。
(舞夢訳)
そうこうしながら、箱の浦という場所からは、(浅瀬なので)水手たちが、浜に降りて船に綱をつけて曳いて進みます。
そのゆっくりとした船の動きの中で、ある人が歌を詠みました。
「箱の浦に波が立たない、今日のような日は、海を鏡と、誰もが見るのではないでしょうか」
また、船君(紀貫之)が
「(すでに)(遅い旅で)二月になってしまった」と嘆かれて、その辛さ苦しさに耐えかねて、「一行が皆思っていることだから」として、気晴らしに歌を詠みました。
この船を、のんびりと曳く綱のように長く、春の日の我々の船旅も、既に、四十日、五十日と経てしまいました」