土佐日記 第44話 二十一日、②
(行程)室津から野根
(原文)
かくうたふを聞きつつ漕ぎ来るに、黒鳥(くろとり)といふ鳥、岩の上に集りをり。
その岩の下(もと)に、波白く打ち寄す。
楫取のいふやう、
「黒鳥のもとに白き波を寄す」とぞいふ。
この言葉何とにはなけれど、ものいふやうにぞ聞こえたる。
人の程にあはねば咎むるなり。
※もの
漢詩文の秀句
※咎むる
気にかかる、気になる
(舞夢訳)
このような歌を聞きながらも、船は漕ぎ進みます。
黒鳥と言う名前の鳥が、岩の上に集まっています。
その岩の下に、波しぶきが白く打ち寄せます。
楫取が
「黒鳥のもとに、白い波が寄る」
と口に出します。
この言葉は、(見たままで実に当たり前なのですが)何やら(高尚で味わいがある)詩句などのように、聞こえて来たのです。
それが(楫取のような)身分にふさわしくないので、何やら気にかかるのです。
楫取であっても、人としての感性は持っている。
黒鳥と白い波しぶきの取り合わせを、「面白い」と言ったとして、「身分にふさわしくない」と判断するのは、いかがなものだろうか。