金曜のショートショート05

金曜日のショートショート
第5回お題【キャンセル】
※第4回のお題を飛ばして書いてます。
タイトル『キャンセル』


妻は一人、ぼんやりと映画を観ていた。
スティーブン・キング原作の『ペットセメタリ―』というホラー映画だ。
大まかな概要は、主人公の家から遠くない場所にある『ペットセメタリ―(ペット霊園)』はいわくつきの土地であり、そこに死者を埋めると蘇るという言い伝えがある。
飼っていた猫を亡くして、嘆く娘を哀れに思った主人公は、猫の遺体をペットセメタリ―に埋めるのだ。翌朝、その猫は生き返って、娘の許に戻って来るが、凶暴になっていて以前の猫とは違っている――そこから、様々な惨劇が始まるというもの。

妻はポテトチップスを口に運びながら、けだるそうに言う。
「ねぇ、どうして、こんなまどろっこしいことをして、ペットを蘇らせたりするの? クローンを作ればいいじゃない。お金がない家でもなさそうなのに」
「それはかなり昔の映画だから。クローン技術なんてなかったんだよ」
俺はそう答えて、家を見回す。
部屋の中は、足の踏み場もないとはこのことだ。洗った洗濯物、脱いだ衣服が散らばり、どれが綺麗なものなのかも分からない。
開けたポテトチップスの下には、お菓子の袋の残骸が積み重なっている。
「へぇ、その点、今はいいわねぇ。ペットも人間もお金さえ払えば、クローンを作れるんですもの」
「ペットはさておき、人間は大変だよ」
「あれ、そうなの?」
「たとえば、恋人を亡くして、クローンを作っても赤子からのスタートになる。成長過程における刺激により、自分を選んでくれるとは限らない」
「ああ、そっかぁ」
「だから、今取り組まれているのは、脳の交換かな。脳が無事ならの話だけど、恋人のかたちのアンドロイドに脳を移植するんだ」
「そのアンドロイドは、恋人に似せられるの?」
「アンドロイドと言っても骨組みがステンレスだけど、肉を纏っている。見た目は完璧に再現できるよ。齢も取らないけど」
「最高ね」
「そう上手くはいかない。脳の移植は、やはり難しくてね。失敗も多いんだ。記憶が曖昧になったり、知力の低下や、何も考えずに快楽に走ってしまう場合がある」
「そういう場合はどうするの?」
「キャンセルするよ。恋人――いや、妻が恋しいからって、代わりなんてつくるものじゃないな」
 えっ、と彼女が目を見開いた。
 キャンセルする場合は、無傷で返却しなければならない。
 もし傷つけてしまったなら、高い料金が発生する。
 それでも、もう二度と彼女を作り出そうなどと馬鹿なことを思わないように、自分は金属バッドをその頭に振り落とした。

【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。
報告不要で誰でもご自由に参加いただける企画となっております。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(7/3公開予定)の第6回のテーマは『きらいなもの』です。

【テーマ一覧】
01 金曜日(5/1公開)
02 レモン(5/8公開)
03 蟹(5/22公開)
04 はじめての(6/5公開)
05 キャンセル(6/19公開)
06 きらいなもの(7/3公開予定)

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