金曜日のショートショート02

金曜日のショートショート
お題『レモン』
タイトル『レモン味のキス?』

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「あー、もう、やだ」

私は椅子の背もたれに身を預けて、天井を仰ぐ。
パソコンディスプレイには、書きかけの漫画原稿と、画面の端にはアシスタントの姿が映っている。

そう、私は漫画家だ。
ベストセラーとまではいかないが、本誌で連載を続けながら、なんとか巻数を重ねている。

タイトルは『こちら町の派出所』。
……どこかで聞いたようなタイトルだなんて言わないでほしい。この業界なんて、そんなものなのだ。

舞台は、昭和初期の田舎町。
交番のおまわりさんが町のちょっとした問題を解決するというもので、主にほっこりミステリーだ。
スパイス程度に恋愛が入っている。

「…………」

ふと、担当編集者からの言葉を思い出す。

『ちょっと恋愛色が強いので、削ってもらえると……』

「だーっ!」

私は頭を掻いて、額に手を当てる。
私は少女漫画を読んで育った、恋愛モノ大好き人間だ。
デビューも少女漫画雑誌だったのだが、私は恋愛作品を書くことができなかった。
いや、書こうとしたのだ。
プロットを何度も何度も提出したのだが、通らなかった。

『王道すぎるというか、どこかで読んだ話ばかりなんですよね……』

編集者の言葉を思い出し、私は再び頭かきむしる。

「悪かったですね、王道恋愛脳で!
いいじゃない、王道胸キュン恋愛! 非の打ちどころがない完璧男子からの壁ドンとか!」

声を上げた私に、画面に映っているアシスタントが、

『たしかに、ちょっと古いですね』

と作業をしながら冷静につぶやく。

「キスがレモンの味したっていいじゃないー!」

『それ、何世紀前の話ですか?』

「知らないけど」

叫び終えて、はあ、と息をつく。

『僕は、先生が今描いてる作品、好きですよ』

作業の手を止めずに言うアシスタントに、私は微かに肩をすくめた。

「ありがとう」

著作の主人公はふわふわした雰囲気のおまわりさんだ。
普段のんびりしてるのに、事件が絡むと途端に鋭くなって事件を解決に導く
そんなふわふわさんに恋をしているのが、本庁の女刑事なのだ。

つかず離れずの関係を書き続けるのが、しんどい。

「早く、このふわふわさんが、女刑事の手首をつかんで『俺だって……男なんですよ』と言わせるシーンを書きたい」

『キャラじゃないですね』

「それなら、女刑事さんに壁ドンしてもらう!」

『女刑事さんが壁ドンするなら、まぁ、目新しいかも?』

「もっと言ってしまえば、事件とか書きたくない! 恋愛ばかり、ラブコメ全開で書きたい! 読んだ人たちが『たまらないっ』って叫ぶほどの甘いものを!」

『でも、プロット通らないんですよね?』

「……はい」

私は机に突っ伏す。

「キスはレモン味って、あれは誰が言い出したんだろ?」

『昔の歌謡曲だったようです』

詳しいね、と洩らして私は頬杖をついた。

「どうして、レモンなんだろう?」

『甘酸っぱい』なんて言われ方をしているけれど、実際のレモンは顔をしかめるほどに酸っぱいのだ。
甘酸っぱさを表現するなら、苺の方が的しているだろう。

『恋愛は、甘いだけじゃない。甘いだけじゃつまらないってことじゃないですか?』

ふと、原稿を見る。
これまで読んできた恋愛漫画も思えば恋愛だけじゃなかったのだ。
主人公が抱えるコンプレックス、彼の複雑な事情、そうしたものが絡み合って恋愛が生きてくる。

『先生が今描いている作品も、おまわりさんの日常に、恋愛がほんのりあるから、生きてくるんだと思います。
おまわりさんの事件が面白ければ面白いほど、少しだけ挟まれる恋愛シーンが際立つんですよ。
量より質じゃないですか?』

アシスタントの言葉が胸に染み入る。

「そうだね。がんばる!
で、この作品で成功したら、できればやっぱり胸キュン恋愛描きたい」

『ええ、それには、この作品を成功させましょう』

うん、と私は頷く。

この作品が成功すればするほど、連載は続き、王道胸キュン恋愛漫画から遠ざかることになる仕組みは知っているけれど、この際、私はそれに気付かない振りをすることにした。

「いつもありがとう、アシスタントさん」

『どういたしましてデス。
それでは、背景が描けたので、僕は作業を終えますね。他にやってもらいたいことはありますか?』

「ないよ、今日は大丈夫。
OK、アシスタントさん。作業を終了して」

『かしこまりました。また起動してください』

漫画作業用アシスタントAIがそう答えて、システムを終了した。

このアシスタントAIは、元々出版社が作ったもの。
漫画家がちゃんと今の連載をがんばるよう組み込まれている。
漫画家もそれを知りつつ、乗せられる。

それは、キスがレモンの味と言うのと似ているのかもしれない。


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