行ってきます。
目を覚まして、秋。
朝を受け入れてしまった。
ひんやりと哀しい空気が足元に満ちている。
抜け殻を拾い集めて、ワタシに帰らなくては。
しゃんとした大人のフリをするために。
理性も常識もある、しゃんとしたワタシのフリ。
隣で寝ていたはずの彼は、知らないうちに身支度を済ませてこっちを見つめている。
この人はしゃんとした大人のフリが上手だ。
私と同じくらいどうしようもないクセに、人生まるごと演技して、その体温を持ってしまう。
鼻歌を歌いながら目の前にやってきて、コーヒーと煙草の匂いが染み付いた私の髪を梳かす用に撫でる。
そのうち頭の上に鼻をうずめて、深く息を吸いこむ。
私は緊張しながらそっと安心する。
「利佳の匂いだ。」
私の知らない私の匂いを、この人が知っている。
じんわりと、切なさを含んだ幸せを感じる。
満足そうに微笑んで、玄関に向かうあなたを目だけで見送る。
もう行っちゃうの。
「行ってきます。」
半分寝ぼけながら、うん、とだけ言った。
私はいってらっしゃいもさよならも言えない。
あの人の湿った手は私の髪に良く馴染んだ。
頭を振っても、髪を切っても、その手の感触が消せない。
ねえ、目を覚まして、アキ。
もう一度だけ髪を撫でて。
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