河村選手の地元、山口県柳井市で応援
オリンピックの男子バスケット初戦の7月27日、私は、隣町の親戚の家を訪ねつつ、河村選手の地元、山口県柳井市のパブリックビューイングで、柳井のみなさんと一緒に男子バスケットを応援した。
東京から柳井市を訪れるのは2回目。8年前に来た時、河村選手はまだ中学生で、お父さんが先生をしていたこの町の中学校でバスケットをしていたのだろう。
人口3万人ほどの海と山の自然豊かな町。伝統民芸品の「金魚ちょうちん」が揺れる、江戸時代から続く白壁の街並み。整備された美しさと昔ながらの面影の両面を備える。親戚のお姉さんによると、通学中の小中学生が通ると、一人ひとり全員が挨拶してくれるという温かさあふれる町だ。
訪れた日は、ちょうど「金魚ちょうちん点灯式」で、お姉さんについて歩くと、あちこちに知り合いの方がいて、声をかけあっていた。ふだん地元のお祭りにも行かない私には、人とのつながりが、どこか懐かしく、胸がじんとした。
そして、「サンビームやない」で開かれる、パブリックビューイングへ。「やない西蔵」さんに作っていただいた、河村選手仕様の金魚ちょうちんを手に、いざ応援。金魚の内側を、ライトで光らせたちょうちんを持たせてもらった私は目立ってしまい、試合前の柳井市長のご挨拶時に、東京から応援にかけつけた人がいると紹介され、地元のテレビ・新聞にも取材いただいた。
試合には負けてしまったけれど、強化試合よりも流れがよく、それぞれの選手が役割に徹していた良い試合だった。もちろん、初めてオリンピックの舞台にたった河村選手の活躍は言うまでもなかった。
普段、一人でバスケ観戦することが多い私には、会場一体となり、おそろいのスティックバルーンで、声を出して応援する時が、とても幸せな時間だった。会場には、河村選手のミニバス時代の先生、そして中学校の恩師もいらっしゃっていて、この、皆で温かく見守る柳井の人の温かさが、今の河村選手の礎となっている。そう感じた。
光る金魚ちょうちんを手に、帰路についていた私たちに、宴会帰りと思われる10名くらいの若い人たちが話しかけてきた。「試合どうでした?」
そんな会話も私には新鮮だった。
柳井をはじめ、岩国の錦帯橋から平生町のおじさん・おばさん、上関、そして秋吉洞と足を延ばした、山口県への今回の旅は、私に癒しと明日への勇気をくれました。感謝の気持ちでいっぱいです。