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熊田誠 写真集「海とはなにか」出版記念インタビュー(転載)

※この記事は、福島県いわき市出身・在住の写真家、熊田誠さんの写真集「海とはなにか」出版及び写真展「海とはなにか」(2023年4月29日~5月7日 いわき市アートスペース「エリコーナ」)開催にあたり、熊田誠さんのWebサイト掲載用に行ったインタビューです。
今回、ご本人の了承を得て、そのままnoteに転載しております。

熊田誠 写真集「海とはなにか」出版記念インタビュー

文・山根 麻衣子 写真・中村 幸稚


〇写真集・写真展「海とはなにか」への思い

ー2冊目となる写真集「海とはなにか」、出版おめでとうございます。完成して、今のお気持ちはいかがですか?

「今回の写真集は、『海とはなにか』という仮タイトルが決まった時点で、クラウドファンディングを通じて出版まで進めてきたのですが、そのおかげでご支援いただいた皆さんから、自分では気づかない視点も含めてさまざまなメッセージをいただけたことで新たな発見があり、感謝しています

ー「海とはなにか」という「問い」がタイトルになっているのがいいなと思いました。

「そうなんです。『問い』なんですよね。ある方からは、今は郡山市(海の無い地域)に住んでいるのだけど、父がいわき市出身で小さい頃に海に連れて行ってもらったことを思い出したとか、またある方は、若い頃の海での甘酸っぱい思い出を教えてくださったりだとか、それぞれの皆さんの海への思いを預かった気持ちで制作しました

ー写真集の最後にもありますが、熊田さん自身も海とともに育ったというところがおありなんですね。

「いわき市の内郷地区出身なので、地元は山と川なのですが(笑)、亡くなった母が釣りが好きで、週末になると車で海へ釣りに行ったり、放課後も海岸で海遊びをしたり、小中学校時代のレジャーと言えば海だったんです」

ー写真集・写真展をどんな人に見て欲しいですか?

「もう誰でも、気軽に見て欲しいなと思ってるんです。なので(いわき市アートスペース「エリコーナ」での写真展については)入場料は無料にして、0歳から入場可にしているんです。フラッと訪れたり、パラッと見てもらいたい。

撮影を通して知り合った、海にまつわる商品を制作している方々の商品も、展示・販売していますので、そういった部分も楽しんでもらいたいですね」

〇海以外の写真も 撮影エピソード

ー今回撮影された場所と期間を教えてください。

「『海とはなにか』という大きなテーマではあるのですが、撮影したのは、私の地元・いわき市、双葉郡の広野町、楢葉町、富岡町、川内村、相馬市、という福島県浜通りの6地域です。撮影は、2022年4月から2023年1月の10ヶ月間をかけて行いました。

ー花や新緑、雪など、見事に四季が写真に現れていますね!

「そうですね。例えば双葉郡広野町のオーガニックコットン畑では、苗の植え付けから収穫までを追って撮影しましたし、初夏の川内村ではモリアオガエルの卵を、秋には楢葉町に鮭漁の時期に毎日通ったり、いわき市久之浜では雪の中でも撮影を行いました」

ー「海とはなにか」というタイトルですが、海だけでなく、川や沼、浜辺や市場などでも撮影しているんですね。

「はい。『海とはなにか』というテーマで撮るとなった際に、そこから『マンダラチャート※』を使ってイメージを膨らませていったんです。そうすると海とは、生命そのものなのではないか、その生命の起源は魚やカエルに行きつくのではないか、と考えました。また、海から派生する漁業や海洋プラスチックごみ、いわゆる『処理水』問題、沿岸部で行われている農業やレジャー、すべてがつながっているなと」

※マンダラチャート
9×9の81マスで構成される目標達成ツール。81マスの中心に達成したい「目標」を記入し、周囲のマス目一つ一つに、その目標を達成するために必要な「要素」や「アイデア」を書き出していくもの。大谷翔平選手が活用したことでも知られる。

ー「海」をテーマにしたことで、海以外へ撮影場所が広がっていったのですね。

「海というタイトルは大きいのですが、撮影した場所は自分で足を運ぶことのできる、地元の限定的な場所です。狭い範囲での海を写すことで見えた課題も多くありました。漁業者の高齢化や海の温暖化、海洋プラスチックごみ……。押し付けるのではなくて、写真を通して見る人にも自然に感じてもらえたらと思い、写真を選びました」

〇直接会うことの大切さ 写真集制作秘話

ーどのくらいの枚数を撮影されたのですか。

約3万枚くらいでしょうか……。その中から100枚を自身でピックアップし、アートディレクターがセレクトした49枚が写真集に収められています。写真展では、写真集の中から30枚を選んで(サイズはA1ノビ1枚、A2ノビ29枚)展示しています」

ーディレクターからのリクエストで追加で撮影した写真があったそうですね。

「はい。写真集のほぼ真ん中あたりに掲載されている見開きの、少し曇った夜明けの海の写真です。今回2冊目の写真集を出すにあたって、自分の大切にしたいことは、白でも黒でもない、曖昧なグレーというか、そういう中立的なところだなと気付きました。ディレクターもそこを汲んでくださったのか、そういう曖昧さを表現するような写真がこの写真集には絶対必要だと。いわき市の豊間海岸に5日くらい通い詰めて、ようやく納得いく写真が撮れました」

ー写真集を印刷する富山県の山田写真製版所や、打ち合わせのためにディレクターのいる東京まで足を運んだとか。

「1冊目の写真集『霞が晴れたら』の撮影・出版のタイミングは2021年から2022年のコロナ禍真っただ中で、撮影するにも車中泊で誰にも会わないようにしたり、アートディレクションに関してもオンラインを中心とした打ち合わせで進みました。

今回は、実際に印刷所の現場に立ち合うことで、職人たちのプロの技を垣間見ることができ、自分の言葉で写真だけでなく、製本部分の価値をも伝えることが出来るようになりました。

編集の統括をしてくださった打林俊(うちばやし・しゅん)さん(雑誌『写真』副編集長、写真史家・写真評論家)には、今回の写真集の道しるべとなるようなステイトメントを写真集の最後に書いていただいたのですが、はじめの打ち合わせは自宅で、飲みながら行わせてもらったんです。

その打ち合わせには、当時3歳だった息子の士恩(しおん)も連れて行きました。3歳になったら、仕事の現場を見せたいなと思っていたんです」

ー写真集の奥付をよく見てみると、『写真 熊田誠 熊田士恩』となっていますね!

「これも打林さんのアイデアで、士恩くんにも撮ってもらったらって。写真集でも写真展でも、最後に置いている水面の写真です。コンパクトデジタルカメラで撮ったもので、ピントも甘いし端は白飛びしてますが、この写真があることで今回の写真集は息子との合作ということになりました。私と息子をイメージした写真も収録されているんですよ」

〇海を未来につなげる「今しかない」タイミング 写真集出版を通して感じた思い

ー最後に、2023年春というタイミングで2冊目の写真集出版、写真展開催を決めた経緯について、改めて教えてください。

「ちょうど1年前の2022年3月に1冊目の写真集『霞が晴れたら』を出版し、4月には約1ヶ月写真展も開催いたしました。そのあと何を撮ろうかなと思った時に、信頼している幼馴染に相談したんです。そうしたら、ただ人物や風景を漠然と撮るのではなくて、見る人が『知りたい』と思うようなことを被写体にしたらいいんじゃないかとアドバイスをもらったんです。

写真展を開催している2022年4月に、東京電力福島第一原子力発電所で発生するいわゆる『ALPS処理水』が2023年の春頃に海洋に放出されることが決定したというニュースをネットで目にしました。私自身、(原発立地の近隣都市である)いわき市に生まれ育ち、東日本大震災と原発事故後もずっとここで暮らしていたのに、それまで無関心というか、『処理水』を『海』に流す、ということがアンテナにひっかかって来なかったんですね。

その時にようやく、自分にとって『海とはなにか』という問いが生まれ、そう言えばずっと共にあった海のこと、実は何も知らないんじゃないか、そしてもしかしたら周りの人も知らない人が多いのではないか。自分のように今だからこそ海のことを知りたいと思う人は多いのではないかと考えるようになり、海の写真を撮り始めました。海に関する写真を発表するなら今しかない、と。

ただ私はこの問題に関しては、撮影する中でどちらの立場の話も聞いたうえで、賛成でも反対でもなく、中立的な立場を取ると決めています」

ー東日本大震災を機に、特に福島県浜通り(沿岸部)に暮らす人たちは、海への思いや関わり方が変わってしまった人も多いと聞きます。

「私もやはり、海への思いは変わってしまいました。海開き再開まで1~7年かかったことで物理的に海に入れないという時期がもちろんありましたし、海水浴や海釣りなどそれまで当たり前にできていたことができなくなってしまって、海に入ることに心理的にもブロックがかかってしまいましたよね。

地元いわき市でも老若男女問わず、「そう言えば海に行かなくなった」という声をよく聞きます。レジャーだけでなく、神社から浜に降りて海に入っていくような伝統行事も一時途絶えてしまったり、防潮堤の建設で海の景色が変わってしまったり。もっと言えば、直接津波の被害に遭った方からは『海』という言葉を聞くだけでまだ辛くなるという話も聞きました」

ー今、熊田さんは息子さんと海で遊んだりするんですか?

「はい。私は、今の浜通りの海は安全だと思っていますので子どもを海で遊ばせてますよ。でもそれも人それぞれ考えがあるので、誘ったりするのはまだ遠慮してしまうところはありますね」

ー今回の取材場所のいわき市新舞子海岸には、サイクリストなども訪れていましたね。

「幼いころから海に親しんできたから、(撮影時に)潮の香りを感じてホッとしました

今回の写真集・写真展の『海』を通して、また海を身近に感じ直したり、新たな出会いやつながりが生まれたりしたらうれしいですし、私にとってかけがえのない海を未来へつなげていけたらと思っています」

撮影場所:新舞子海岸(福島県いわき市)

熊田 誠(くまだ・まこと)プロフィール

1985年福島県いわき市生まれ。写真家、商業カメラマン。
元チャイコフスキー記念東京バレエ団ダンサー。

2008年、地元いわき市にUターン。市内商工会議所、住宅メーカーに勤務。
2018年頃から仕事(広報)とプライベート双方で、本格的に写真撮影を始める。
SNSにて撮影した福島県内のストリートスナップの発信活動を行うように。

2022年3月、東日本大震災から10年の節目に県内の日常風景写真をまとめた初写真集『霞が晴れたら』を出版。同年4月にいわき市のGuest House&Lounge FARO iwakiで開催した写真展「霞が晴れたら」には約600人が来場、7月にはJR小高駅でも同写真展を開催。

2023年4月、2冊目の写真集 『海とはなにか』を300部限定で出版。同年5月、いわき市のアートスペース「エリコーナ」で写真展「海とはなにか」を開催。

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ご支援いただいた分は、感謝を込めて福島県浜通りへの取材費に充てさせていただきます。