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山本文緒 『無人島のふたり』

2022年9月に出版された、山本文緒さん最後の随筆。
山本さんのことは直木賞受賞作の『プラナリア』で知った。当時の私は、山本さんの描く甘えてウジウジした主人公のことが好きになれなくて、山本さんのことを軽い作家だとすら思っていた。
でも、甘えてウジウジした人物像の描写は実はとてもリアルだったのだと、今なら思う。プラナリアを読んでいた時期、私は江國香織さんの作品にハマっていたけれど、江國さんが東京の上流社会を詩的に描き出していたとしたら、山本さんは、現代日本の一般の(どちらかと言えば下流の)女性の姿をとんでもなくリアルに描いていたのだ。だから、嫌いだったのだろう。まだ社会に出てもいなくて、同世代の中でもとりわけ成長の遅い子どもだった私は、江國香織ワールドの住人になりたいと夢想する甘えた女で、それはまんま、山本さんの描く女だった。
でも、『自転しながら公転する』で、山本さんへの見方が一気に変わった。私が「甘えた女」と断罪してしまったような、無力で若い(かつての自分のような)女の置かれた状況を生み出す社会的構造を、21世紀の日本の地方(牛久)を舞台として、原因不明の無気力状態に陥ってしまう50代の母親と、その母親を介護するために都心から出戻ってきた30代の娘を中心に、リアルかつ軽快に描いてみせた上で、そのような行き詰まりを打開する未来を提案する作品だった。こんなすごい作家さんだったのかと、才能の開花に立ち会ったような気持ちでいたのに、山本さんはこの作品を出してすぐに、亡くなってしまった。膵臓癌だったのだ。
『無人島のふたり』は、癌と宣告されて亡くなるまでの数ヶ月間を書き切った日記だ。執念。そこには、書くこと、生きることに対して山本さんが持ち続けた執念が、表されている。もっと生きたいと、どんなに望んだとしても、それはできないのだから、生き切るしかないのだと、言い聞かせるような作品だった。

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