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入院の記録

クリスマス頃に4度目の胚移植をした直後から、腹痛と熱に約1週間苦しんだ。
病院に電話したら受診を勧められたけど、一番しんどい朝の時間帯にめちゃめちゃ待たされるとわかっている病院に行く気になれなくて、飲んでもいいと言われたアセトアミノフェンでなんとかごまかした。

そんな時に限って仕事を多く受けてしまっていて、引き継ぐのもかえって大変そうだしと思って、体調が落ち着いたタイミングで最低限やらないといけない仕事をやるようにしていたら、直後に高熱がぶり返して、翌日も同じ状況が続く、ということをずるずる1週間やってしまった。
ベッドで無理やりパソコンを開いて作業していたからか普段しないミスもして迷惑をかけてしまったし、体を大事にするために仕事を減らしたはずなのに、何をやってんだろうとつくづく嫌になった。


年末年始には体調も落ち着いて、実家に帰ったり初詣に行ったりと約1週間は楽しく過ごせたものの、仕事始めのタイミングに生理が来て、そこからまた腹痛と熱に苦しんだ。今度はなんとか受診しても、結局原因がわからず様子見になった。
連休の中日の朝6時に痛みで目が覚めて、これはもうだめだと思い、117に相談した後、時間外受診をしに病院に向かった。
結果、数日前には見えなかった影(あとで膿だと言われた)がエコーに映り、血液検査で飲み薬では対処できない中等症レベルの炎症を起こしていることがわかって、急遽入院することになった。

内膜症の影響で通常より感染症にかかりやすい状態になっていたので、移植の刺激をきっかけに炎症が起こり、卵巣に膿が溜まっている状態になったのではないか、ということだった。
点滴が効くか数日様子を見ることになり、ある程度の効果は出たものの熱も下がりきらなかったので、入院3日目に直接針を刺して膿を吸い出すことになった。針で卵巣を刺激をすることによるリスクもあったけど、早く治すためにはそうした方がいいだろうという判断だった。

膿を吸い出してからは痛みも減り、熱もはっきりと下がっていって、日中起きていられる時間も徐々に伸びていった。
ただ、膿を吸い出すときの麻酔の針の痛みが、精神的にかなりきつかった。

痛み自体はそこまでじゃなかったのに、前にものすごく痛くて怖かった検査のことを思い出して取り乱してしまい、先生に中断しようかと何度も言われるほど泣いてしまったし、その後も思い出すたびに涙が出た。
こんなこともうしたくない、こうまでして無理に子供を作ろうとするなんてやっぱり自然の道理に反してる、もうこれ以上しなくていいと思った。

それをお見舞いに来てくれた夫に泣きながら話したら、長い沈黙の後に「無理はさせたくないし、わがままなのはわかってるけど、諦めるのもつらいなあ」みたいなことを言われて、私の気持ちを知ってもなお、遠慮がちにでも自分の主張をはっきり言えてしまう図太さにびっくりして、しばらくショックをひきずった。
まあ遠慮がないというか素直というレベルで、向こうの望みを押し付けてきているわけではないので、私も遠慮する癖をなくすことでバランスをとっていくしかないんだろう。


いろいろ辛いこともあったけど、入院生活自体はかなり環境に恵まれた。
看護師さんは本当に感じのいい人ばかりだったし(夫から日頃看護師という仕事の大変さを聞いているので、笑顔で接してくれること、「こうしたらどうか」と提案してくれることひとつひとつがありがたくてしょうがなかった)、ご飯は上げ膳据え膳なうえに毎日いろんな味のいろんな食材が出てくること、広くて眺めのいい談話室があったこと、散歩できる庭が近くにあったことも嬉しかった。

回復してくると、周りの患者さんたちの様子が見えてくるようになったのも面白かった。
婦人科だから入院患者は女性ばかり、抗がん剤治療を受けている人が多いようで、午前中や消灯前の時間帯は、廊下や病室で楽しそうに会話する声が聞こえる。日によっては、向かいや斜めの病室の会話が全部クリアに聞こえるくらい、ややうるさいレベルで盛り上がっていた。

体がしんどくて静かに過ごしたい人がその部屋にいたら気の毒だなと若干心配しつつも、気が滅入ってしまうこともありそうな入院生活を、会話できる関係を作ることで少しでも楽しく過ごせているんだったらいいことだよなあと思いながら聞き耳を立てたりした。
「○○先生は40歳くらいやろか」「もっと若いんちゃう?」
「私××のウィッグ持ってるけど使てへんのよ」「どういうのがええんやろ」
「この鯖おいしいなあ」「なあ、梅干しで煮てんのええな」
「うちの夫なんもせんから…」「うちもよ」
「夫が私に黙ってしてたことがあってんけど…」
みたいな楽しそうな会話を聞いてると、中川家のおばちゃん同士で喋ってるだけのコントを見ている時のような感覚になってよかった。


入院中に母が差し入れしてくれた本もとてもよかった。
起き上がっているのがしんどい、かといって眠れもしないときは、小説を読むのが一番だなとこの療養期間でしみじみ思った。

どれも「わかりやすい”いい話”」には収まらない、一筋縄ではいかない感じの短編集だったけど、すごく好きだった。読めてよかった。
不妊治療中の私が読むには気まずい展開もあって笑ってしまった。
「私もこれ読みましたよ」と声をかけてくれた看護師さんと、「なんかすごい小説ですよね」「入院の差し入れでもらったんですよ」「え、この本を差し入れで⁉」と盛り上がったのも楽しかった。

親戚が住む芦屋の素敵な洋館で過ごした1年の思い出…という小説。すごすぎて「どんな家だよ」と冷静につっこみたくなることもあったけど、素敵な映画を見ているような気分にもなれた。
たまたまお姉ちゃんが差し入れてくれたアンリ・シャルパンティエと思われるお店がお話の中にも出てきて、その偶然に感動した。



同部屋の人たちの物音を気にしないで寝るために、寝る前はイヤホンをして小さい音でラジオを流していた。ほんのれんラジオは声が穏やかなのも聞いてて心地いい。面白すぎて眠れなくなった日もあったけど、それはそれで嬉しかった。


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